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「創意工夫はお客様へ」先代の志

「そういくふうはおきゃくさまへ」せんだいのこころざし 

見る知る食べる出雲エリア平成時代

 風の噂で「とんでもなく大盛りの丼物を出す蕎麦屋」があると聞いたことがあった。検索すれば、大人の頭二人分もあろうかという器の画像。「島根にデカ盛りの店があるとは」と驚きの口コミ情報。この「そば酔譚」カテゴリーでは扱う代物ではないと「知らぬ顔の半平衛」を決め込んでいた。が、しかしである。「「さの屋」行ってみませんか?」と編集者M。大食い選手権に出場する意思も体力も無いが「出雲蕎麦屋なんです!」


 JR出雲市駅南口。出雲大社への参道とは反対側の改札を通る。その先には「島根大学医学部」を始め看護大、付属病院、附近には高校などがある。その路を歩きながら、若者達の「腹一杯食いたい」欲望を満たす心優しい店ではなかろうかと思いつつ「さの屋」の引き戸を開けた。
 小上がりに席を取り愛想のいい女将さん(佐野智子さん)に何はともあれ出雲蕎麦定番の「割子蕎麦」と地酒を注文。推して知るべし「メニュー」は蕎麦以外の食い物で満載状態。サイドメニューである筈の丼物に至ってはジャンボ、ミニの表記。カツ丼は蕎麦屋では常套としても焼肉、海老フライ、鰻等々飯の上に乗せらる物は何でもあり状態。ここでたじろいでは男が廃る。蕎麦屋ならこれだと「出汁巻」を探すも見つからず、敢えてお好み焼き屋のメニュー「とん平焼き」を指差してしまったのは動揺していたに違いあるまい。
 さてここからが本日の真骨頂。三段の器に盛られた「割子蕎麦」、傍には紅葉おろし、小葱、刻み海苔に鰹節と此れも又定番の薬味と、出汁の入った徳利は先刻の衝撃を打ち消して安堵。卑しき小心者は器を一つ目線の高さまで持ち上げてみる。色、艶、香り。食して来た出雲蕎麦に何の変わりもない。いや、蕎麦の艶に何故か安堵感があり懐かしさを目で感じる。酒は地元出雲今市町、富士酒造の「出雲富士 純米」。先ずは酒で咥内を湿らせ一筋の蕎麦を何もつけず啜って噛んでみる。蕎麦そのものの味を確認するだけで結構。「間違い無し」の印を押し、薬味を三分の一蕎麦に乗せ出汁を適宜。「松江は辛口、出雲は甘口、大社はその中間」と言われる、それを常識と心しておけば、この甘めの出汁が得心出来る。不覚にも割子蕎麦三段、一分少々。先鋒隊の酒は用を足していない事に気づき慌てて一口。この酒、気になるほどの自己主張をしない。蕎麦をツマミに味合うにはうってつけ。
 お次は本命「釜揚げ天麩羅蕎麦」。馴染み無き人には「蕎麦と蕎麦湯が一緒に?」と思われるだろうが、その通り! 打ち粉が溶け込んだスープに蕎麦が。味付けは添えられた出汁徳利から自分好みの味に調合していただくのが基本の「釜揚げ蕎麦」。この店の「天麩羅蕎麦」は温かい釜揚げ蕎麦の上に出来立ての天麩羅がとんがった様に乗っていて姿が良い。天麩羅をそのまま食うか出汁に浸すか迷いつつそっと隙間に出汁を投入。味を確認して酒を又一口は意地汚さの典型。カリカリの海老天を堪能、衣の溶け込んだ蕎麦もまた良し。由緒正しき出雲蕎麦の銘店老舗では体験出来ぬこの店ならではの掟破りの蕎麦作法を堪能した。
 「とん平焼き」は少しイメージと違う。この店では肉を薄焼き卵で幾重にも巻いてだし汁ベースのキノコのデミグラスソースでいただく洋風仕立てはちと大ぶり。
 しかし、まだ興味は小生の耳奥底に「鴨南蛮蕎麦が美味しいのよ」と取材前にあるご婦人からの声が。数多の店で食してきたが鴨に押されてどの店も変わりはない。箸を蕎麦に漬け込むと蕎麦が重い。「蕎麦にアンを足してあります」は当代店主佐野裕太さん(31)。他店では味わえぬ食感と味に個性を感じる。先代が創業したのは昭和58年。手打ち蕎麦屋で開店して、腹を空かせた若い人達の要望を聞いていたらこのメニュー。裕太さん自身は日本三大美人の湯で知られる「湯の川温泉」の有名旅館で修行中に先代が倒れ急遽跡を継いだとの事。先代の拵えた沢山のメニューに若店主は自らの創作を加えて行く。先程の「とん平焼き」もそうであろうと理解する。この次来た時はあのお品書きが倍の厚みにと思うと「客の気持ち」と「店の気持ち」は果てし無い。店主との語らいの間、じっと板場から耳を傾けていた女将(母君)の姿が印象的だった。



住所  出雲市塩冶善行町14−7
電話  0853−24−2465
営業  11:30〜14:30
    17:30〜22:00
休日  木曜日
座席  44席
駐車場 40台




エビや春菊のてんぷらにねぎ、のり、かつおぶしがのる

釜揚げ蕎麦にのる天婦羅

ボリュームのある卵焼きのよう

単品メニューのとんぺい焼き

鴨の他にねぎ、のり、かつおぶしがのる

とろみの付いた鴨南蛮そば

となりの普通の丼がちいさい

米3合を炊いたジャンボカツ丼