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名勝立久恵峡(上)

めいしょうたちくえきょう(じょう) 

見る知る出雲エリア平成時代

出雲平野を斐伊川とともに潤す神戸川の上流に、いくつもの急峻な岩山がそびえる立久恵峡がある。昔、その河辺に夜な夜な呼ぶ声があって光を放って、人々が奇異に思っていた。その場所に、高野山の浮窓律師が訪れた時、河中より背に光る薬師仏を負った亀が浮かびあがった。律師はその仏を岩窟のある岩山に安置した。と伝わる。その岩山は天柱峯(てんちゅうみね)と呼ばれ、岩窟は中腹にある奥の院のことと今に伝わっている。


現在の立久恵峡はキャンプ場のある県立自然公園となっていて、県のホームページの解説には、「安山岩質の角礫集塊岩地帯が神戸川の侵食や風化の作用を受け形成された、長さ約1Km、高さ100mから200mの崖には、天柱峯・神亀岩・屏風岩などの名称がつけられた岩柱が群立。深い樹林や老松などと織り成す自然の造形美は、水墨山水画を思わす特色ある景色です。」とある。
ここに、浮窓律師が訪れて仏を安置し、当時の淳和天皇(在位:823〜833年)に仏の出現の不思議を伝えたところ、その夜、薬師仏が天皇の夢に現れて、「我に衆病悉除の願あり、汝我を念ぜば、無病延命ならん」と告げたことから、淳和天皇は、すぐに出雲へ使いを出して薬師仏を確認させ、浮窓律師に黄金千枚を下して、御堂の建立を命じたと云う。そして寺院は天長4年(827)に落慶し、勅筆の亀渕山飛光寺の御額を掲げ、院は千坊に及んだと立久恵亀渕山飛光寺縁起は伝えている。
今、立久恵峡には、下流から不老橋、浮嵐(ふらん)橋、酔潺(すいさん)橋の3つの赤い色をした鉄の吊り橋がかかっている。3つの橋の真ん中にある浮嵐橋を県道側から渡って右手に100メートルほど行くと霊光寺というお寺があり、その真後ろの上方に天柱峯を望むことができる。霊光寺は総丸太造りの歴史を感じさせる本堂となっているが、なぜここに飛光寺ではなく霊光寺があるのかというと、隆盛を誇った亀渕山飛光寺は、江戸中期に書かれた雲陽誌(1717年)や神門郡萬指出帳(1754年)によると、理由は分からないが、すでに衰退して無住となってしまっていたようである。山岳仏教、真言系の修行の場として始まった飛光寺の衰退は、その後も続き、明治期には、本尊仏などが古志の阿弥陀寺に移され、奥の院の御神体は神門川上流の笈(おい)神社に合祀される形で移された。こうして飛光寺は潰えたと言える。
しかし、大正2年(1913)に出雲今市から立久恵峡を通る県道が完成し、峡谷美を求める観光客が来るようになった。そんな中で、飛光寺の再興を願う信者や地元の方々の努力によって大正8年(1919)に大田市三瓶にあった霊光寺を移す形で、今の立久恵山霊光寺が誕生したのである。
そして、昭和2年(1927)には、国指定の名勝・天然記念物となり、昭和7年(1932)には、神門川沿いを鉄道も通るようになった。戦後のものと思われる立久恵峡の観光冊子では、出雲今市から30分で片道40円の運賃、立久恵峡は山陰三景と謳っている。その鉄道も昭和39年(1964)の集中豪雨によって線路を流され、翌年廃止となった。そこからは、もっぱらモータリゼーションの波に乗って観光地として栄えたが、高速道路の整備などによって観光が広域化する中で取り残され、今に至るまで秘境となっている。このように、観光遊覧の地として知られるようになったのは、皮肉なことに亀渕山飛光寺が衰退した江戸中期からである。それは、はるばる松江から松江藩主が毎年のように訪れるようになったからである。
余談であるが、立久恵峡の橋、下流から不老橋、浮嵐(ふらん)橋、酔潺(すいさん)橋の3つ吊り橋について、キャンプ場近くの酔潺橋(すいさんばし)、潺の文字は、水がさらさら流れるような水の流れを指しており、ちょうど橋の周辺は川に小石が多く、せせらぎとなっているところがあるから付いた名前ではなかろうか。それに酔の字が加えてある。橋が揺れて酔うのか、水面を見つめていて酔うのか、はたまたキャンプでお酒でも飲んだのか。粋な名前と思う。また、浮嵐(ふらん)橋は霊光寺を移して来た頃に作られたそうで、最初の名前は浮雲橋だったそうだ、霊光寺の背後にある天柱峯や右隣りある天狗岩などに雲がかかった有難い景色を指しているのではないだろうか。しかし、浮雲の文字が「ふうん」と読めるので縁起が悪いという話が聞こえ、名前を浮嵐橋に変えたという。終わりに立久恵峡の一番川下にある不老橋。伝承は無いようだが、橋を岩壁に向かって渡った右下の辺りが薬師仏を背負った亀が浮かび上がった亀ヶ渕であるので、病気にならず不老に至ることを表したものと思うが、どうだろうか。(つづく)


立久恵峡バス停      35.293842, 132.742220
霊光寺          35.29540490120352, 132.73605405970775
不老橋          35.29428069967096, 132.74124305580733
浮嵐(ふらん)橋 35.29485506797513, 132.73489071262014
酔潺(すいさん)橋    35.293361316411506, 132.7286210207083




立久恵峡を流れるかんど川はゆったりと流れている

中央の水面が亀ヶ渕

屋根を支える細い丸太が放射状に伸びている

霊光寺の屋根と後方は天柱峯

ポッカリと大きな穴の開いた岩壁もある

立久恵峡谷のそそり立つ岩柱

天柱峯は標高約300メートル、よじ登ると薄れた赤色の堂がある

天柱峯中腹の岩に包まれた瑠璃窟(奥の院)