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ロフト蔵にて、うどんでパスタ

ろふとぐらにて、うどんでぱすた 

見る食べる出雲エリア平成時代

出雲地方では誰でも知っているほど名前の知られている地元のうどん屋たまきが、うどんをパスタとしても提供する店、文吉うどんを令和2年初頭、木綿街道に開いた。しかし、木綿街道の表通りを歩いただけでは、うどん屋を目にすることは無い。文吉うどんは、酒造業を廃業して今はNIPPONIAの古民家ホテルになった旧石橋酒造の屋敷の後ろにある。


古民家を想像して裏に行くと、バカでかい倉庫のような総2階の明るい土の色をした建物があった。この建物は、旧石橋酒造の酒蔵だったもので、1階は南から調合蔵、仕込み蔵、倉庫が並んでおり、2階には出来上がった糀を置く、出糀室があった。また、仕込みのシーズンともなれば、杜氏や蔵人が生活し寝泊まりをするため、押し入れを備えた9畳2室があった。
こうした酒蔵を大胆に改修して、文吉たまきとなっていた。
こんな見学をしていると、昼間から日本酒が飲みたくなっているのだが、料理をいただいてみる。まずは、天おろし文吉うどん単品968円(税込)を注文した。大きな朱色のお皿に、薄黄色をしたうどんの上にエビとシシトウ、舞茸の天ぷらが乗って、その隣に大根おろしの山がある。ここへ出汁を掛けて食べる。脇にあった薬味はネギの他にわさびとおろし生姜がある。両方を代わる代わる付けて食べてみたら、どちらも美味しかった。年齢性別問わず一番人気の品だそうだ。
さて、この少し黄色がかった麺、食べるともちもちとした食感が特徴である。平麺で幅が2〜4ミリ程度のばらつきがあるので、麺を切る時に幅が違ったんだなと思ったが、その製法を店長の竹田さんに聞くと、作り方は、うどんのタネを捏ねたあとに、切るのでは無くて、素麺(そうめん)のように手で延ばして細くして作る麺なのだそうだ。それもまた、うどんと呼ぶのかとびっくりした。さらに、麺にはたっぷり玉子が入っているという。入り口右手の壁に、文吉うどんの由来が述べられていた。入った時には酒蔵の記録のようなものかと思って見過ごしていたその解説を読むと。由来は、江戸時代後期まで遡り、平田の原文吉が干温飩(ほしうどん)を生み出したことに始まっていた。
少し調べてみると、江戸末期、平田に住んでいた原文吉が13歳の時、素麺の産地として今も有名な播州(現在の兵庫県あたり)から素麺師が来て伝習した際に、それを真似てうどんを作ったのが始まりという。そしてさらに、その当時、麺を伸ばす時に植物油を塗って麺が乾きすぎないようにしていた。しかし、そのため食べた時に油臭いと言われていたが、安政2年(1855)文吉は努力の末に植物油を使わない『油不引の干温飩』を発明した。明治18(1885)年には、鶏卵入りの麺を開発し、博覧会共進会にも出品し数多くの賞牌や賞状を受領したという。当時、この鶏卵入干温飩は普通の干温飩の2倍もの値段のする高級品だった。
メニューには、文吉うどんでパスタ料理、バジル香ジェノベーゼ1,100円(税込)があったので、それもお願いした。今度は漆黒の器に、モッツァレラチーズと生ハムなどの乗せたバジルソースのパスタ。しかし、パスタにしては、麺がもちもちの文吉うどんである。年間通して若い女性に人気だそうだ。
さて、現在の文吉たまきの建物から、旧石橋酒造を再現してみようと思う。文吉うどん料理を食べた場所は、入り口のカウンターの奥の天井の高い吹き抜けの場所だった。旧石橋酒造の時は、上には床があって、2階があった。そしてそこには、酒母室や麹室があった。酒母室は、日本酒を醸造するための源である優れた酵母を培養する場所である。この酵母を酒母と呼ぶのである。お酒好きの人は、生■(きもと)造りという言葉を知っておられるだろう。■の文字は「酒」の「元」となっており、生■とは酒造りの酒母のことである。

※■は「酉」へんに「元」。

そして、糀(こうじ)室もあった。糀は、酒母のサポート役である。主に3つのサポートを行なっている。一つ目は酒米に含まれるデンプンを糖に分解する酵素を生み出すこと。二つ目は酒母が増殖するための栄養を与えること。三つ目はタンパク質や脂質などを分解する酵素を生み出して、日本酒に様々な味や香りをもたらすのである。
その時、先の酒母は糖を分解してアルコールを生み出し、お酒を生み出すのである。日本酒は酒母と糀の繊細な連携によって生み出されている。これを今時のITの手も借りず、人の手で管理するのは、細かな神経を使う作業だったろう。
二階の向こう、玄関やカウンターの上には、出来上がった糀を貯蔵する出糀室があった。そして、そこには杜氏や蔵人が寝泊まりする9畳の和室が二つあり、押し入れもあった。極めて微細な反応を繰り返す、酒母、糀の側で生活していたのである。夜も交代で作業に当たったのだろう。旧石橋酒造の心臓部であった2階からの階段は玄関脇に降りてくる。 そこに今ある、カウンターや客席、厨房などがあるこの建物の1階には、南から調合蔵、仕込み蔵、倉庫があった。表にあるタンクのような機械のプレートにはボイラと刻まれていて、酒米を蒸すためのボイラーだった。ボイラー室は吹き抜けの建物で、今も鉄骨だけが残されている。この他に道具蔵や吟醸蔵もあった。日本酒の香りが漂う場所だったというわけである。建物の表に出ると、足元に酒造には不似合いな二つのレンガの大きくて丸い花壇がある。これも酒造時代の大事な場所だったという、なんだか分かりますか。


文吉たまき
営業時間 11:00〜20:00(ラストオーダー19:30)
定休日 不定休(1月1日はのぞく)
駐車場 有り(25台)
TEL 0853-25-7951


こちらの文吉たまき、に関してGoogleMapで検索できる緯度経度を示します。
文吉たまき 35.437650,132.821083




橙色の外観を持つ大きな建物

酒蔵だったとは思えない外観

表にある客席からは外が見え、すぐそこにボイラタンクがある

客席からボイラが見えている

皿より少し深い、赤い器に盛り付けられている

天おろし文吉うどん

黒い器の真ん中の丸いくぼみにパスタが収まっている

バジル香ジェノベーゼ