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受け継ぐ技ともてなしの創作

うけつぐわざともてなしのそうさく 

食べる出雲エリア不明

JR出雲市駅から少し歩くと、注がれた陽射しに細めた目にセピア色の町並みが映る。老舗の和菓子屋にさりげなく飾られた一輪挿しが、そこはかとない郷愁を誘う。
江戸の時代から続く老舗中の老舗「献上そば 羽根屋本店」伝統の技と味との出会いに胸が膨らむ。     


 暖簾(のれん)をくぐると、細長い店内はいかにも庶民的な雰囲気で、格式ばった様子はうかがえない。大正天皇に献上したという由来書もさほど仰々しさも感じられないのがうれしい。 「落ち着いて召し上がるならこちらへ」と小さな庭を通って案内された離れ座敷。そこはもう先刻とはがらりと変わった異空間で、その変容に心が揺れる。  停まったままの柱時計、「どうぞ時間など忘れてごゆっくり」との店主の心遣いが憎らしい。御品書きの「そば定食」に添えられた出汁巻き卵が気にかかる。代々受け継がれた味の技を知るにはこれが一番と真っ先に注文し「お勧めの酒を」とリクエスト。しばし窓辺の花と庭を目で楽しむ。 運ばれてきた出汁巻きに箸を運ぶと、控えめな味つけだがしっかりとした食感がつい九谷(くたに)の杯に手を伸ばさせる。
  「隠岐(おき)の『高正宗(たかまさむね)』です」結構な辛口ではあるが角がない。かといって吟醸酒のような気位の高さは感じられない。燗酒(かんざけ)が喉に引っかからない素早さで臓腑(ぞうふ)に落ちていくのがわかる。ついつい杯と出汁巻きを交互に口に運んでしまっている自分に気がついた時には「早くそばを食べたい」という欲望が湧き上がっていた。 割子(わりご)を三枚、そして同じ酒をもう一本と追加注文したのは決して酒飲みの卑しさからではない。これはそば喰いの卑しさだ。
 出された割子にちょいと杯に残った酒を振りかけて、もう満悦至極。「出雲そば」にしては細めの麺がつるつる喉を通っていく。「噛んで食う」出雲そばの作法など忘れさせる麺は息子さんが打っているというご主人の目元が緩む。出汁は鹿児島の削り節、少し甘みが表に出ている気がして尋ねると「松江は辛く、大社は甘く、出雲はその中間ですね」なるほどとわけ知り顔でそば湯をいただく。
 食と酒と設(しつら)えとがそのことに集中させてくれる演出に脱帽し、術中にはまったわが身を嘲笑しながら千鳥になって夕映えの町を歩いた。


羽根屋
住所 出雲市今市本町549
電話 0853-21-0058
営業時間 11:00〜20:00
定休日 無し
駐車場 15台




出雲市の本町にある「献上そば羽根屋」

羽根屋 本店

店内を奥へ進むと別世界が

離れの廊下

酒の友は、まずは出汁巻から

出汁巻き

出雲の四季を楽しみたくなる坪庭がある

離れの座敷