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風は海から

かぜはうみから 

食べる出雲エリア平成時代

神々の到来の地といわれる「稲佐の浜」から浜伝いにそぞろ歩く。路地裏探訪としゃれ込んで迷い込んだ小路の先に「いづもそば」と書かれた汐風になびく暖簾が目に入る。
 昭和の、人々の願いを看板にした創業者の心根(こころね)が訪れるものの心を癒す。


 豊饒(ほうじょう)の海が、まだ傾かぬ陽射しをきらめかせている。心地よい浜風に押されながら物音ひとつ立てない鄙(ひな)びた家並みの中を歩くと「平和そば本店」はその『風景』の中にあった。
 目指す「そば会席」は予約が必要と聞き、酒飲みは、そこは初見の戸惑いからか「おまかせ」で酒菜(さかな)をお願いしておいた。何を出してくれるのかそれも一興と逍遥(しょうよう)の汗を拭いながら席に着く。歩いたせいか喉の渇きでビールを注文。「そばにビールはタブーではない」と呪文を唱えて…案外これはいけるのだ。
 差し出された前菜は「そばサラダ」で、生野菜の緑とサーモンのピンクという色彩に載せられた揚げたそば麺が香ばしく、おしゃれにアレンジメントしてある前菜に「これはビールに最適」と即納得。
 しかし、一緒に出された「そば味噌」の付きだしで思わず「日本酒を」と少々控えめにおねだりしてしまう。「出雲の地酒で辛口です」と当代店主藤井さんが「天穏純米酒」をずいと差し出す。「お客さんがお酒のみと聞きまして…」と普段は置かない『純米酒』を用意していてくれた。心意気に感謝しながら箸に乗せた「そば味噌」を口に運べば、その独特の甘さと、どこか懐かしい風味が口いっぱいに駆け巡りまた酒で口を潤す。その酒が「おお!これこれ」と次の肴「そば寿司」に箸を出させる。
 「そば寿司」そのものはさほど珍しいとは思わないが、口にするとそばに巻かれた薄紅色の生姜と、出汁に潜んだ僅かな「酢」が円やかにそして爽やかに、かつまたしっとりと次の一献(いっこん)を誘う。「うちのそば出汁は甘めですから」とさりげなくいうが、味付けの趣向に辛口の酒が合わないはずもない。客に提供する料理のために選ばれた「酒」であることをきちんと語りかけているのだ。
 「揚げそばがき」と「割り子」までついつい箸をつけてしまった。この酒はいつまでも飲める。満腹なのにまだ酒が飲める。食前、食中、食後にいける酒…。「そうか、いちいち酒を取り替えなくてもいいのか」となぜか得心。そしてもう一つ、この店は人に優しい。それが何なのか、酔った頭で思考をめぐらす。解明できぬまま食も酔も満ち足りて夜風恋しく腰を上げれば、深々と頭を下げられた女性は店主の母君であろう、丁重なもてなしに感謝。
 おぼ付かぬ足取りで大社駅へと歩を進めるにはちょうど良い距離と風がささやく。


平和そば本店
住所 出雲市大社町杵築西2034
電話 0853-53-3240
営業時間 11:00〜15:00(売切次第閉店)
定休日 木曜日
駐車場 7台




海から近い平和そば本店

海から近い平和そば本店

おまかせ前菜 左から「そば味噌」「そば寿司」「そばサラダ」

おまかせ前菜 左から「そば味噌」「そば寿

ふんわりした揚げそばがき

ふんわりした揚げそばがき

古いおかもち、四角い割り子の器

古いおかもち、四角い割り子の器