メニュー


今宵は古代を食する一夜なり

こよいはこだいをしょくするいちやなり 

食べる出雲エリア平成時代

旅のしめくくりは、古代の衣食住体験。神代のころから湧き出ていたといわれる斐川町の湯の川温泉を訪ねた。目指すは温泉旅館「松園(しょうえん)」さん。竪穴式住居で、海幸、川幸、山幸、田の幸が並ぶ古代食と荒神鍋に舌鼓。箸が進むほどに宴は盛り上がり、旅仲間も旅館のご主人もかけがえのない友となった。


恋心に効く美人の湯
夕暮れ迫るころ、足湯を目当てに、斐川(ひかわ)町の道の駅「湯の川」へ。お湯に足をひたすと疲れが溶け出すよう。ひなびた温泉宿が点在する湯の川温泉は、日本三美人の湯のひとつ。オオクニヌシノミコトを慕ってやって来た因幡(いなばの)国の姫神ヤカミヒメも身をすすぎ、より美しさに磨きをかけたという。後に、姫は恋に敗れはするけれど、姫は因幡国を豊かに繁栄させたというから、「恋は人を賢くも、強くもするものね」としみじみ。ところが、色気より食い気とばかりに空腹感が襲ってきた。大量の青銅器が出土したこの町の荒神谷遺跡にあやかって作られた古代食と荒神鍋をいただこうと、温泉旅館「松園(しょうえん)」を訪ねた。

炎を囲んだ晩さん会
「松園」は道の駅から車で2分。本館から道路をはさんだ一角に復元された竪穴住居、高床式の倉庫と神殿が、やわらかな照明に照らし出され幻想的にも浮かび上がっていた。薄青い煙がくゆる竪穴住居をのぞくと、炉に薪をくべていたご主人の北脇豊史さんが、笑顔で出迎えてくださった。
私たちはあかあかと燃える炎の周りで車座になり、北脇さんの勧めで頭と袖をくりぬいた古代の衣装「貫頭衣(かんとうい)」を被った。あの『魏志倭人伝』を参考に手がけられたそうだ。これで、気分は古代人。宴の始まりだ。
素焼きの器には、どんぐりパン、キビやアワ、ヒエのお団子、シカ、メダイやサワラ、貝類のお刺身など野趣あふれるご馳走がずらり。なかでも、忘れられないのは牛乳を煮つめた古代のチーズ「蘇(そ)」と「醍醐(だいご)」。ほろほろと口の中でとろける蘇。しっとりとした食感の醍醐は摩訶不思議なキャラメル味。「これこそ古代食の醍醐味!」旅仲間がとろけそうな声をあげた。
古代食や建物の復元は古い文献を紐解き、全国の博物館や史跡を巡って研究したという北脇さん。季節の野草や木の実は自生地で採取し、塩は日本海の海水を自家製塩。「すべて、必要以上は採りません」。食べることは自然の命をいただくこと。ご馳走に向かえるありがたみに心が満たされた。
薪がはぜる音にあわせて、荒神鍋がぐつぐつと煮え始めた。鍋の中でおだしを含んだイノシシ肉やキジ肉、そばがき、きのこ、野草が食べ頃を教えてくれる。お椀にたっぷりとよそってもらって、ハフハフ。ああ、ぜいたく。ジンワリ広がるうまみに、体も心も暖まる。先史以来、人は火を囲み、ご馳走を前に泣き笑いしながら明日を築いてきたのかな・・・旅の締めくくりの宴は、夢の世界にも登場したのである。




湯をかける女性像

恋人に心焦がれて身をすすぐヤカミヒメ像

団子ほかご馳走

素焼きのお皿に盛られた古代のご馳走

食事中の野津さん

貫頭衣は着心地満点。気分はすっかり古代人

海の幸、山の幸すべてが出雲産

鍋に食材をよそう