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難読、温泉津温泉。

なんどく、ゆのつおんせん。 

見る体験する石見銀山エリア

「温泉津」(ゆのつ)。「温泉の港」という名を持つこの街は、温泉津焼を生み出し、湯治客を癒し、銀山の生活を支えた窓口=港のある街だ。北前船によって生活必需品を得、温泉津焼を全国へと運んだこの港町は、静かにいまも全国から湯を求める人を受け入れる。


●やきものの里
石見銀山を後にして、車は再び国道9号線へと走り出す。国道9号線をさらに西へ進むと、地図の上では海の近くではあるが、より緑が深くなり、多くのトンネルが往く手に待っている。そのアーチ型の上に掲げられている「隧道(ずいどう)」の文字と、絡まるツタ、覆う緑がまた時を感じさせる。
清水隧道を抜けて、町道に入り、ナビに従って左折、南へ。下り坂を走る車内で、喚声が上がった。突如現れた石州瓦の赤い屋根。それが幾段も連なった長い建物が2つ、飛び込んできたのである。圧巻。驚いたのは、それだけではない。建物はいわば殻の部分に過ぎない。核は内部。車を近くの駐車場にとめ、近づくと屋根の内部には、黄土色の丸みを帯びた土壁にレンガが貼られた窯があった。登り窯である。10段20メートルと15段30メートルの階段状になっている2基の登り窯は、日本でも最大級の大きさを誇る。各段もそれぞれ幅がある。何より登り窯に沿って作られた階段は、傾斜があり、普段運動しない鈍った体には少々きつい。息が切れてしまった。
温泉津の「やきものの里」。
温泉津は、16世紀には、大森から温泉津、沖泊(おきどまり)までの銀山街道を通って運ばれた銀の積出港として、江戸期には北前船の寄港した港として、栄えていた。その北前船で全国へと運ばれたのが、ここで焼かれていた「はんど(半斗)」である。はんどとは飴色の甕(かめ)のこと。大きなものは今でも旧家、屋敷などの水がめとして残っている。小さなものは味噌や漬物用の壷として使われた。時代劇で出てくる味噌壷、あるいは「塩まいときな!」と出される塩壷を思い出して欲しい。
「やきものの里」の玄関に置かれたはんどは、優に大人ひとり隠れられる程大きなものだ。とてもひとりで抱え揚げることはできまい。これが水道のない時代、地域で大活躍した大きさなのだろう。冒頭の2基の登り窯の大きさも、このはんどを見れば納得の大きさ。ほかにも多くの大小さまざまなはんどが置かれていた。
隣接する「やきもの館」は、ゆっくり時間をかけて見たい。夕闇が迫ってきたため、次回の楽しみにすることにした。

●温泉津温泉
山道を進み、やがてすっかり夕闇に覆われた時刻。温泉津の温泉街にたどり着いた。車1台やっと通れる道がメインストリート。温泉津港から山へ、歴史の長さをうかがわせる旅館が軒を連ねる。
今から1300年前、手負いの狸の入浴姿から発見されたという「元湯(もとゆ)」の伝承も、さもありなんと頷いてしまう。もうひとつの「薬師湯」も、明治5年の地震によって湧き出たため、別名「震湯(しんゆ)」と言われている。人の里にいながら自然の大きさを感じさせるエピソードだ。
温泉津港前の駐車場へ車を停めて、街を歩く。宿の軒先に灯りが点され、旅館の窓からもれる間接照明が、穏やかに闇へと届く。雨に濡れたアスファルトが白く光る。年月を経た柱、しっかりと屋根を守る赤瓦が、看板の白熱灯の光を受けて、ぼんやりと浮かび上がった。
そんな旅館に泊まって楽しむのもいいが、日帰りで楽しめる温泉もある。
「元湯」は、その屋根や壁の黄土色からどこか江戸の香りがするところだ。「子宝記念母子像」と題された像。湯に浸かった夫婦がふぅっとリラックスしてお互い和んだ笑顔で向き合う、そんな想像が生まれる。
「薬師湯」は、どこかレトロな外観の建物だ。その隣の「震湯ギャラリー」は、薬師湯の旧館で、大正時代初期の木造洋館だという。白い板壁が異国情緒をかきたてる。いまはセピア色の写真と温泉街のスケッチが訪ねた人を迎える。
どちらも、湯の花がたっぷりと重なって付いた湯船、手足をゆっくり伸ばせる、たっぷりのかけ流しの湯が自慢だ。
からん、ころん。街中を歩いていると、どこかから下駄の音が聞こえた。雨のなか、凍える季節に着流し風の浴衣姿はないが、幻聴と呼ぶのも無粋だろう。
湯上りの浴衣もいいが、夏なら少し落ち着いた柄の浴衣を、ほかの季節ならお気に入りの着物を、身にまとい、きゅっと帯を締めて歩いてみたい。ひどくすましたよそ行きの顔ではなく、ちょっとお出かけの延長で。
にぎやかな人の群れも、華やかなネオンの光もない。鍼灸按摩(しんきゅうあんま)の看板と、リラクゼーションサロンの看板が同時にある街。静かな本物の夜が、この温泉街にはある




やきものの里の登り窯。まるで地にはう龍のよう。

やきものの里の登り窯

登り窯の入り口。今でも年に2回火を入れるらしい。

やきものの里の登り窯

温泉津の温泉街は、どこからか下駄の足音が聞こえそう。

温泉津の町並み

元湯の壁の黄土色は、どこか江戸の香りがする。

温泉津温泉 元湯