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良品ここにあり

りょうひんここにあり 

食べる

 宵闇迫れば、さすがにかつての賑わいは失せたとはいえ、駅前通りの街の灯は点く。
 JR松江駅から徒歩10分少々のこの一角は、歓楽街「伊勢宮町」を控え、ビジネスホテルに旅装を解いた気軽さから、ふらりと探訪してみたくなるのが人の常。酒のあとに空いた小腹を満たすため蕎麦を食らうのもよし、あらかじめ予約して会席で酒を楽しむのもよし。古都松江の夜を堪能されたし。


 「そば清」といえば落語の『蛇含草』(じゃがんそう)を思い浮かべる。沢山蕎麦を食べることで有名になった清兵衛が更なる大食いを要求されて消化剤にと草を食べる。人を飲み込んだ大蛇がその草を食べたのを知ったからだ。が、その草は人間を溶かす草だったという落ちの上方落語。
 「うちはね、初代が清之助って名でそこから『そば清』」と当主上田眞也さん。名付けの親は松江の粋人、故漢東種一郎(かんとうたねいちろう)氏だ。先代の名と落語を引っ掛けたものではなかろうかと小人閑居して一人ほくそ笑む。
 さて、今宵の目的は噂の「会席料理」。「それは息子の仕事」と当代は奥に下がり、三代目上田浩之さんの出番と相成る。食するのが主だからと冷酒をお願いし「李白特別本醸造生」を一献。この酒は食味を損なわないのがいい。先付けに出された「そば豆腐」の上には辛み大根。近所の売布神社隣の市内でも有名な苗屋さんに注文した淡雪の様な卸し大根が、練り上げた蕎麦に合わないはずもない。蕎麦の味と香りを楽しみながらその食感にも驚く。
 若い頃から料理修行を重ねた三代目のセンスは「鴨鍋」にも表れる。評判の鴨南蛮を鍋に仕立て、そこに合わせられた「そばがき」が絶妙な風味を引き出している。
 何よりも鴨肉の朱色に白いそばがきが映えて美形の役者絵を見るようだ。そしてまたあらぬ妄想をしてしまう。鴨の朱色は宍道湖の夕日。白いそばがきは出を待つ月で、添えられた三つ葉は嫁が島の松。いやはや恐れ入った…(これは勝手な独り言)人心を惑わす鍋の香りでもう一献。
 続いて出番を待っていたのは「そばサラダ」。いや、箸を付けて驚いた。揚げた蕎麦をサラダにトッピングしたものは他店でも戴いた。しかし隠れていたのは平打ちの蕎麦。野菜と出汁が融和して蕎麦の味と香りを引き立てる。シャキシャキとズルズル。いや旨い。
 「普通、蕎麦会席は宴会料理の後蕎麦を出しますが、うちは料理に蕎麦を使います」職人肌の当主から受け継ぐ老舗の技と、積み重ねた修行が「そば清」の所以と納得。腕と心意気は、(この街の?)灯を消さぬことを確信した。
 (三代目には次々と創作を続けてほしいと思いつつも、取材終了後満腹にも関わらず「釜揚げ」と「割り子」一枚、追加で戴いてしまった卑しさを付記しておく)


そば清
住所 松江市和多見町80
電話 0852-21-4639
営業時間 11:00〜14:30
19:00〜21:30
定休日 日曜日、第2土曜日
駐車場 2台




一見「ごま豆腐」だが素材はそば粉。辛み大根との相性が粋。

そば豆腐

ここでしか味わえないと思うと腹に入れてしまうのが惜しい。

そばサラダ

食を堪能するにはこの酒。

冷酒

夏は細め、冬は太めの麺だそうだ。

割子そば