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やすらぎは「縁の旅」の始まり

やすらぎは「えにしのたび」のはじまり 

食べる松江エリア平成時代

JR山陰本線「乃木駅」で下車し、茜色に染まった夕日を堪能してたどり着くのもよし、店を出て夕日を追いかけながら出雲路へと向かうもよし、情緒溢れる景観を心に焼き付けて「縁(えにし)の旅」はここから始まる。


 頑固おやじのこだわりで評判の、十割手打ちそば「旬菜(しゅんさい)」の前に立つ。気むずかしいおやじは苦手の部類。しかし、その頑固さ故の極(きわ)みも見過ごす訳にはいかぬだろう、とそば喰いの、酒飲みの卑しさが背中を押す。
 が、迎え入れてくれた店主の占部(うらべ)聖一さんは頑固おやじの片鱗(へんりん)も見えぬ優しい笑顔。不安一掃して並べられる料理を心待ちにする己の変わり身の早さに内心あきれ、赤面の至り。
 膳には、彩りよろしい本日の酒肴(さけさかな)。でんと置かれた松江の銘酒「特別本醸造豊の秋」。先ずは「そばの実とれんこんのわさび和え」。先付けからの定石というより、その白無垢のような料理に思わず箸が伸びた。「いや、これは…」また先入観を裏切られる柔らかな食感。そばの実が口の中ではじけ、プンとその香りが広がる。挽きぐるみのそばを練り込んだ「そば寄せ」もまた違う繊細な香り。中に潜んでいた煮豆に驚き、多少甘口の「豊の秋」が、食の進む酒に変身したかの如くすぐに盃が空になる。夏には橙色の花を咲かせるという「野甘草(のかんぞう)の味噌和え」そして「鴨ローストのそばクレープ」。薄く焼いたそば粉で巻かれた色鮮やかなそばの幼茎(スプラウト)は歯触り良く、鴨の風味や柔らかさを引き出す心憎い演出か?と気付けば既に身も心も奪われてしまっていた。
 酌をしていただいているのは奥方の早苗さん。話にも笑顔にも優しさが伺える。店内に漂う目には見えぬ「安らぎ」感はこの笑顔からかとも思うのは「技」と「優しさ」がブレンドされた結果であろう。
 「茶そば」に手を伸ばすと「ちょっと待ってください」と椀を下げた主(あるじ)は厨房に。「少し時間が経ったから」と新しいものと交換は「挽きたて、打ちたて、茹でたて」のそばの三たての所以(ゆえん)からか。爽やかな、しかもふんだんに織り込まれた出雲茶の香りでまた一献。その細やかな心遣いに「恐れ入谷の鬼子母神」と寅さん口調をあわてて飲み込み「頑固おやじのこだわり」を思い知る。地の食材と玄丹そば。見事に創作された会席料理は見てよし食べてよし。いや五感総てを納得させる。
 最後の〆(しめ)はやはりそば(皿そば)。薬味にと載せられた山菜や葉もののお浸しがこれまた酒の肴に具合よしとくればもう極楽浄土。

 酔客を笑顔で送り出すご夫婦にそこはかと無い安らぎを覚えるのは当方だけではあるまい。店の前の駐車スペースに県外ナンバーの車をよく見かけるのは、人は「そば」のみならずこの「安らぎ」を求めてくるからなのだろう。
湖愁に誘われまた旅に出たくなった。




旬菜酒肴

本日のお膳

クレープ

鴨ローストのそばクレープ

旬菜蕎麦の実

そばとれんこんのわさび和え

宍道湖の夕日

宍道湖岸にカフェのある夕日シーン