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風か柳か、松江の夜風

かぜかやなぎか、まつえのよかぜ 

食べる松江エリア平成時代

夜の繁華街東本町。その一角にある「橘屋そば店」は二つの顔を持つ。


 若い頃から出雲、神奈川などで修行を重ねこの地に店を構えたのが昭和50年という蕎麦一筋の店主が打つそれは、香り、こし、喉越しどれをとっても申し分ない。その上出雲そばの素朴さが気取り無く、さりげなく食する者に伝わってくる。
 夜の部は息子の仕事。未だ三十前という若さの恩田匡展(まさのぶ)さんは松江市忌部町にある自家工房で夜の客のために蕎麦を打って店に出る。会席などのかしこまったメニューはない。場所柄、時間柄、居酒屋気分で入れるのが良い。そう言えば店のしつらえも酒房。カウンターあり、座敷あり、囲炉裏まである。ここへ夜来て蕎麦だけというのも如何にも無粋。蕎麦屋酒にはうってつけの店だ。
 ふと「連板」に目をやると「そば焼酎」の文字。これ、これと長居を決め込み小上がりへでんと腰を下ろし、テーブルに置かれたお品書きの「蕎麦湯割り焼酎」を注文。宮崎の「雲海」を湯桶に入れた蕎麦湯でいただく。匡展さんの奥方亮子さんが「たまには手伝いますよ」と塩梅よろしく蕎麦湯割りを作ってくれたのはこちらの普段の心がけか、暖かいもてなしが心に残る。まろやかな香りと温もりを一気に味わって、さて今宵の肴は「あご野焼き」から。名物に美味いものあり。山陰名産トビウオのすり身を蒲鉾にした伝統的な素朴な味わいは、お造りなど要らない。充分に先付けの役を果たしている。
 天ぷらの盛り合わせは定番ながら、盛られた重量感ある穴子や色とりどりの野菜天に心躍る。タネの下には覗く扇の骨の形をした茶色のツマ。蕎麦を細工して揚げてあり、店主のさりげない技がここに光る。カリッとした食感に、喉が、臓腑がまた蕎麦湯割りを欲しがる。酒飲みの心根(こころね)を知り尽くした職人ならばこそかと、ほくそ笑みながらまたまた酒を重ね飲む。
 「お客さんに良く頼まれるので」と出して頂いたメニューにない一品は、カツ丼のアタマ。「カツ煮」と関東では呼んでいるが、ここでは注文されると作るので特に呼び名はない。カウンターに陣取った飲み助が「あれ、カツ丼の上だけ。あれ作ってよ」と、だだこねる姿が目に浮かぶ。仕込まれた玉葱は薄くスライスしてあり、本来のカツ丼より素材の甘みを工夫してあるのが解る。客の注文を聞き入れ手間をかけるのも「夜の部」匡展さんの仕事なりやと。
 〆(しめ)は評判の「ごぼう天そば」。これも匡展さんのアイディア。九州など、牛蒡の産地ではよく見かける一品だが、斜にスライスして揚げた出雲産の牛蒡は色も形も小判型。縁起が良い上、柔らかくて温かい蕎麦と良く合い充足感がこみ上げる。
 そう言えば、この地の酒文化、〆は蕎麦なりと聞き及ぶ。遊んで飲んで、帰路につく前の蕎麦は確かに旨い。それにもまして、家族総出の温もりは家恋しくて人恋しい。
 宴の前後の蕎麦屋酒。いろいろあるが、ここ(「橘屋そば店」)で今宵は終着駅にして、お供(タクシー)を呼んで家路につくことにする。


そば清
住所 松江市東本町2-64
電話 0852-25-0496
営業時間 11:00〜14:00
18:00〜翌1:00
定休日 日曜祝日
駐車場 店の前に有料駐車場あり




あごのやき、天ぷら、カツの上だけ

酒の肴

生そばを揚げて作る妻

そばの妻

小判の形をした牛蒡の天ぷらが載るゴボ天そば

ゴボ天そば

昔ながらのお品書きの「連板」

連板