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緑と光の交わる銀山のカフェ

みどりとひかりのまじわるぎんざんのかふぇ 

食べる石見銀山エリア平成時代

 石見銀山の修復・修景された板壁と赤瓦の町並みを目の奥に映しながら、龍源寺間歩のある町の奥部に向かって歩く。人が手をつないで通せんぼできるほどの幅しかない道は、徐々に、ほんの徐々にだが上り坂になっていて、時おりレンタサイクルが風に乗って山から緑の香りをしょって下って来る。この緑をたいそう気に入った人が作りだしたカフェがある。


 石見銀山資料館から町並みが途切れた先を約300メートルを進むと、大きな薄桃色の看板いっぱいにCAFEと刻まれた小さい古民家がある。木製の枠で四角く区切られた板ガラス窓から中をのぞくと、キラキラと輝く電灯が目を引くので、ちょっと普通の家ではないと気がつく。ここがcafe住留(ジュール)である。家の大きさに比べたら大きすぎやしないかと思えるその看板の右手に入り口がある。入り口に黒い鉄製の音符のような形をした大きな取っ手状のものが付いていたので、開き戸?と思いきや、実は引き戸で、戸をガラガラっと開くと、電灯の輝きとは対照的に薄暗い店内が広がって、奥の窓ガラスの向こうの緑だけが明るさに慣れた目に飛び込んで来る。

 テーブルには黒と茶があり、椅子には黒や白があり、くり抜かれた白壁の棚には、小さなアンティーク調の瓶やカップ、果てはブリキのジョウロなど、いろいろなものが並んでいる。こうした品々が好きな人にとっては、たまらなく居心地が良いのではないだろうか。

 食事はこのガラスの明かりの下でいただくことになる。店主である安道千代子さんのおすすめは、島根産牛スジのトロトロハヤシ850円で、人気があると聞いてひとついただいてみることにした。ハヤシの濃厚な味の中に弧を描いた生クリームが甘さを運んで来る。最初はあまりかき混ぜないで、この生クリームの有り無しの味わいを楽しむと良いのではないか。また、ぷるぷるした食感の牛スジも口に入ると舌の上で溶けていきそうなくらいの儚さなので、どの程度煮込むのかにコツがあるのだろう。
 地元の野菜を使ったというミニサラダは、味わいは濃く、窓の外に広がる石見銀山の緑を口にしているような感じがする。この他、レンチトーストや地元の竹の子を使ったアンチョビのピザなどに人気があるとのこと。食後は香り高くあっさりしたコーヒーも良いが、甘夏スカッシュも夏限定のおすすめということである。これも地元で採れる甘夏かんを絞ったものである。(石見銀山周辺は?←確認してください)甘夏かんの南限として栽培されていたが、大きな霜の害で今では採れる量も少ないという。しかし、寒い冬を越したものだからか、6月には甘さがぐっと増している。その橙色がガラスコップの底に色濃く沈んで、丸く開いたコップの縁に向かって淡くグラディエーションして、ストローは立っているが、どこからどうやって飲むかはあなた好みである。

 天井を見ると、江戸末期から明治初期といわれる家の黒ずんだ梁や竹を編んだ土壁などもガラスのライトにところどころ浮かび上がり歴史を感じさせる。光の行き着かない闇もある天井を支える柱の間には、黒や白、茶の椅子があって、棚に並んでいたのは、香港のお茶の缶、フランスのガラス瓶、ロンドンのブリキの箱など、安道さんの気に入りたちである。
 ヨーロッパの銀製品からは石見銀山の銀を確認することはできなかったらしい。それでも、この銀山の銀がヨーロッパに渡っていたかもしれない、そんな想像が楽しい。
 ジュールのJの字の形(←音符の形ではなくて?)をした入り口の取っ手を引いた時に、星のようにキラキラ光るガラスライトに照らされた物たちが、漆黒の宇宙に浮かぶ星雲のように見える。このいくつかの星雲と安道さんのイマジネーションの引力はますます大きな力で、さまざまな人々と文物をここに運んで来るらしい。




石見銀山の伝統的な町並みが途切れて緑に囲まれて建つ

大きなCAFEの立て看板が目印

生クリームの白い筋が際立つト人気のハヤシライス

島根産牛スジのトロトロハヤシ

オレンジのグラディエーションと炭酸の泡粒がさわやか

キラキラしたコースターもさわやかさを演出

丸い卵形のガラス電灯が古民家を照らし出す

スエーデン製の卵形電灯が伝統建築を照らす