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踏んで汲んで四十二浦巡り

ふんでくんでしじゅうにうらめぐり 

見る知る出雲・松江エリア平成時代

 並みの打ち寄せる浜辺を歩いていて貝拾いをすることはあると思うが、生乾きの海藻をつまみあげてそっと波にゆすって、海水のしたたる海藻を手にすぐそばの神社に向かう人々がいた。彼らは鳥居をくぐる時、手にした海藻をくるりと回して一礼して境内へ踏み入り、拝殿に着くと、ここでも海藻をくるっと回転させた。そして右手の柱の元におかれたブリキの箱の中にポイッと放り込んで、手を合わせて拝礼した。


 ここは、島根半島の北浦にある伊奈頭美(いなづみ)神社である。人々は年明けに行われる御田植神事と御的神事に参集されて来たところである。先ほどの海藻をくるりと回して拝礼するのは、塩で清める意味があり、島根半島の各地でそうした姿を見ることができる。祭の頭屋が毎朝、浜辺で海藻を拾って同じように参拝をしたり、また人が亡くなった時の四十九日の忌明けにも同様なことを行う習慣が半島のあちらこちらに残っている。これは汐(潮)汲みと呼ばれる。

 出雲大社にほど近い稲佐の浜では、毎月1日の日に「神迎の道の会」によって汐汲み行事が行われている。用いられる道具は竹筒と把手となる竹の棒が紐で結ばれたもので、竹筒には小さな笹の葉も入れられている。観光客も混じった一行は、この竹筒を手に手にぶら下げて世間話を交えながら稲佐の浜に向かい、弁天島の脇の波打ち際で巧みに棒を操って竹筒に海水を汲むのである。そして集落の中を出雲大社本殿に向かって歩き、途中にある下宮、上宮、大歳社などに参拝し、笹の葉を竹筒の中の潮に浸して取り出し、我が身の左、右、左と振って、さらに足元にくるりと回して振る。そして拝礼、柏手、拝礼をする。これをここかしこで繰り返してお参りして行くのである。

 こうした習慣がいつ頃から続いているのか定かなことは分かっていないが、この汐汲みをして島根半島にある浦々を巡り歩く四十二浦巡りというものがあったらしい。半島の東にある雲津浦の諏訪神社の拝殿内に、雲州四十二浦の御詠歌という扁額がかかっており、江戸時代に四十二浦の各浦々に歌があったことがわかる。因みに雲津浦の御詠歌はというと「雲すぎて 晴ぬと諏訪の 神風に さそわれ出る 浦の船人」である。この雲州四十二浦の御詠歌は寛永七年(1630年)に大阪の大和屋勘平衛から寄進されたものである。

 また近年、同様の歌が刻まれた板が発見された。松江市の大根島にある柏木家に保管されていた出雲四拾二浦之垢離(こり)取歌と記された版木で、およそ江戸期に作られた版木と考えられているが、その作者には西塔武蔵坊弁慶と刻まれている。その冒頭に「身の穢れを清めんとて垢離をとるこそ−(略)−恐れながらおもひ立四十二浦を打ち廻り汀(みぎわ)の塩を さっさっと穢れの不浄をはらひ・・・」とあり、版木であるからには刷ってたくさんの紙になって配布されたと考えられ、人々の関心も高く四十二浦の巡拝も盛んに行われていたのではないかと想像できる。

 版木の発見された家の柏木侑さんは、この汐汲みの事を丹念に調べられて、大根島という郷土誌に「浦々四十二浦をとり、その浦々で海岸の砂を踏み、潮で身を清め、あるいは竹筒に数滴の潮のしずくを入れ浦々の祀られる神社にお詣りするのを垢離取りいい、身を清浄にすると考えたのである。その時に詠える歌があり、それが垢離取歌である。」と書かれている。そうして浦々を全部回り終えた結願の時に参る場所と言われる一畑薬師には、四十二浦お砂踏み行事というものがあるそうだ。

 今では、島根半島四十二浦再発見研究会も組織されて、浦巡りのバスツアーがなされたり、宝印帳を作成して御詠歌に読まれた浦々の神社を巡るスタンプラリーを催している。その影響もあってか、近年お賽銭の額が増えたので境内を綺麗にしておこうという地元の声があると、ある神社で境内の掃除をしていた方の言葉を耳にした。

 どのような経緯ではじまったものか研究も進みつつあって、半島には修験道の名刹鰐淵寺があるが、四十二浦巡拝は修験道の辺路(へじ)修行の名残ではないかという。まだまだ歴史のロマンが眠っているようだ。

この四十二浦に関してGoogleMapで検索できる緯度経度を示します。
北浦の伊奈頭美(いなづみ)神社 35.561541, 133.153854
稲佐の浜 35.400362, 132.672308
雲津浦の諏訪神社 35.573899, 133.279628
一畑薬師  35.496748, 132.874117




四角い竹カゴに溢れそうな藻

伊奈頭美神社の拝殿脇にある藻を入れる籠

竹筒に笹の葉を添えたもの

稲佐の浜の汐汲みに使われる汐汲みセット

板に筆書きされた詠歌が並ぶ

雲州四十二浦の詠歌を書した扁額

刷る炭で真っ黒になった版木

発見された御詠歌の版木