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「ご縁」が育くむ蕎麦に新たな予感

「ごえん」がはぐくむそばにあらたなよかん 

見る知る食べる出雲エリア平成時代

 出雲市役所と通りを挟んだ小洒落た佇まい。その景色は暖簾を出しながら打水する古都の一角を連想して心が弾む。
 2015年創業は名だたる出雲蕎麦屋の立ち並ぶこの地にあって如何にも若い。が、短期間で名を上げた所以を探る興味がふつふつと湧き出し、不覚にも胃袋が蠕動(ぜんどう)を始める。


 「そば処・喜多縁」に入り、初見で頂いた店主岡嵩裕(おか たかひろ)さんの似顔絵入りのユニークな名刺。イラストは割子蕎麦を抱えているが、今は目の前で出雲の酒蔵十字旭の純米吟醸 「出雲だより」一升瓶を抱えて居る。それだけでも心和んでしまうのは店主の人柄か。
 「あて」には蕎麦の実、胡麻、雑魚を味噌に練り込んで炙った「そば味噌」。先ずは香りからの先鋒隊が其々しっかりと食感と香りのハーモニーで酒を要求する。その間に「三色割子蕎麦」を奥方岡佐誉子(おか さよこ)さんが静かにテーブルの上に並べていた。長芋の擦り下ろし、揚げ玉、キンピラが彩り良く各々の蕎麦の上にあるは見た目良し。細めの麺の艶、出汁との相性が一枚ずつの個性を活かしている。揚げ玉は小粒で、数えられる程上品に乗っていてやや不満。が食して見れば「胡麻油」の香りがその訳を教えてくれる。人参牛蒡の細切りを軽く炒めたキンピラや、つるんと蕎麦を巻き込んで食する長芋も蕎麦への誘いと解する。酒を口にするのも忘れあっという間の三枚完食は自己ベスト更新か。
 ここの割子が数々の銘店に色艶香何れも負けぬ味わいと思わせるのは、店主は市役所に在職中、出雲蕎麦の販促イベントに担当者として係わって以来、本物の出雲蕎麦を探究するようになったと語る由。全国の蕎麦屋を食べ歩き習った結果が定年を迎えるまで待てず早期退職しての創業となった因果らしい。
 単品で頂いた「鴨ロース」に至ってはスライスされた鴨に蕎麦出汁のソースが小匙一杯程度かかってシンプルなフレンチの感。鴨肉は柔らかく鴨肉本来の旨味が楽しめる。
 「蕎麦焼酎の蕎麦湯割りは如何?」次の蕎麦を待ち兼ねる小人への焦らし戦法と捉えるのはこちらの勝手。私事で恐縮だが、東京は赤坂の「明月庵銀座田中屋」で仕事仲間と毎夜「蕎麦焼酎蕎麦湯割り」を呑んでいたのを思い出す。矢張りこれも地元の富士酒造「出雲の國そば風土記」なる蕎麦焼酎を蕎麦湯で割る趣向は酒と肴を探究し続けた証。
 次なる一品は地元の民藝で名を馳せる出西窯(しゅっさいがま)で焼かれたターコイズブルーの器の中には生湯葉が蕎麦の上に。目を惹く器(出西ブルーと言うそうだ)に穏やかに収まった姿が美しい。生成色した生湯葉に蕎麦出汁を垂らし、蕎麦で包むようにして頂くと湯葉の豆の香り、噛めば蕎麦の香りが蕎麦出汁と口中で溶け込むはもう此方の五感は使う場所が無い。この生湯葉、食したのは冷たい蕎麦。温蕎麦に浮かんでいるのは以前他店で食したことがあるが、暖かい汁蕎麦に湯葉が溶け出し香りや風味が一体化してしまったの印象があった。それはそれなりだろうが今回は、蕎麦、生湯葉の個性引き出す所作に改めて感謝。
 冷たい蕎麦に温かい「蕎麦焼酎」。これ程のナイスコラボは?と無作法にも店主に問えば「ある結婚式で同じテーブルで有名な湯葉屋さんと同席になった」のが事の始まり。長年勤めた市役所のすぐそばに店舗物件を見つけたのも、携わって来た仕事で出雲蕎麦にのめり込んでいったのも全て「縁」。それが店名の由来、そしてこの逸品かと一人得心してまた酒を啜る。
 ちと本題から外れるが、蕎麦を茹でた「蕎麦湯」には大量の「ルチン」が含まれているらしい。それは毛細血管を強化する。小生、中年過ぎたあたりから「四十、五十肩」に苦しんで来たが、蕎麦湯を飲み続け今はその悩みはない。呑兵衛の言い訳と聞き流して頂いて結構。
 これ以上的外れな蘊蓄(うんちく)を語るのは「蕎麦食い」「酒飲み」の仁義にも悖(もと)る。結論を言えばここの蕎麦は数多の老舗、有名店に何れその内並ぶ予感。伝統の技、新作へのアイデア、センス力量は果てしない期待感がある。そして配膳する奥様のゆかしさも加味され訪れた客が充足できる銘店へと育って欲しいと思うのは小生だけではあるまい。
 「蕎麦プリン」なる新作の写真が卓上で目を引いたが、未だ酒を飲みたい欲望を抑え切れず、デザートかスイーツか悩み抜いた末の「そばがき時雨」。蕎麦本来の旨味を練り込んで引き出す作業に蕎麦職人は心を込める。甘過ぎ無い旨味がアンに包まれもう一献で重い腰を上げた。

住所  出雲市今市町42−30
電話  0853−31−4259
営業  11:30〜14:00(※日曜と祝日の月曜はランチのみ)
    17:30〜21:00
休日  火曜日
駐車場 6台




そばの実や雑魚が練りこまれ、しゃもじに乗っている

火に炙られたそば味噌

薬味にごぼうや天かすがのる

三色割子そば

薄く切られたロースに少し和風ソースがかかっている

やわらなか鴨ロース

ターコイズブルーの器に盛られたそばに薄黄色の生湯葉が広がる

そばと湯葉の色も楽しい生湯葉そば