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出雲民藝館

いずもみんげいかん 

見る知る出雲エリア平成時代

 民藝の創始者の一人であり陶芸家として知られる河井寛次郎が、出雲の町で乗っていたタクシーを慌てて止めて飛び降り、そこにあった火鉢を手に取って、今までにない喜びようを示し、「出雲びとに造詣の血というものが流れているならば、その出雲びとの造形の結晶であり、出雲の美しさの典型の一つだ。」と言ったという。それは手あぶりと呼ばれる全体真っ黒の小さな火鉢で、いま出雲民藝館に展示されている。


 この火鉢は、黒瓦を焼くために江戸時代中期から始まった出雲大津焼きによるものである。黒色を発するのは、作陶に一般的な釉薬を塗るものではない。ドーム状のだるま窯によって、900度から1000度ほどの温度帯域で黒色炭素を定着させる燻し焼きを行うものである。上手く行けば、つや消しのいぶし銀の色合いとなる。ただ焼成温度が低いため強度はやや弱いという。
 出雲市大津町は斐伊川のたもとにあって、宿場町として栄え、江戸時代中期からの経済の発展、人口の拡大に伴って瓦を焼くという産業が始まったと考えられる。それがおよそ百年経て1800年ごろに、家庭内が囲炉裏(いろり)から竃(かまど)に移り変わることから、瓦に加えて炬燵(こたつ)、竈、焙烙(ほうろく)、火消し壺、土管などおよそ100種類の素陶器を作るようになったという。大正10年ごろには黒瓦11軒、赤瓦1軒、素陶器11軒、陶器3軒の合計26軒、約200人が生産に従事していたという。
 河井寛次郎が昭和25年に手に取った火鉢は、隠岐のイカ釣り漁師が釣り竿を持つ手を温めたものである。強い風が吹いても灰は飛ばず、火も消えない優れものであった。それを、河井は、持ち手のところと火鉢口のヒサシの形の流れ具合がとても美しく、鉢の底の周囲のロクロの切り方がさり気なくて結構だと大喜びしたというのである。
 しかし、戦後の電気、ガスなど普及による大きな時代の変化に抗しきれず、昭和57年に最後の素陶器の窯の火が消えた。今でも、大津町に行って家々の屋根に、黒の濃淡が均一ではなくパラパラと斑ら模様の屋根を見つけることができたら、それが出雲大津焼きの瓦と思って良いだろう。
 手あぶり火鉢は、木材蔵を改築したという西館の奥に佇んでいる。この西館には、他にも多くの出雲大津焼の生み出した品々が並んでいる。
 出雲民藝館では、染物も見ることができる。ガラガラとガラスのあしらわれた、少し重い木の引き戸をガラリと開けて、米蔵であったという大きな建物である本館に入る。正面の2階吹き抜けの壁に鶴、亀、松竹梅などのおめでたい文様の四巾(よはば:約130cm)の風呂敷が並んでいる。大きな四角い藍染の風呂敷である。この出雲地方では、江戸時代より婚礼の際の嫁入り支度の中に必ず、筒描藍染の蒲団、風呂敷等がととのえられたという。また、ショーケースには、子負い帯があったり、絣の布も布団地や着物地が展示されていた。
 中でも、壁に幅が60センチぐらいで長さが90センチほどの産湯をつかった赤ん坊を包んで拭くための「湯上げの布」があって、鶴と亀のおめでたい模様の上の方の右角が赤く染められている。これらは染料ではなく顔料で着色されており、赤い部分は顔を拭くための部分である。これは、予防注射ができるまでは多くの生命を奪っていた天然痘にならないようにと、切ない親心が込められている。
 この本館で藍染と並んで目を引くものがある。それは大きな赤みがかった茶褐色の甕(かめ)である。高さ、幅ともに約1メートルほどもある。これらは野壺と呼ばれるもので、倉敷民藝館の初代館長を勤め、昭和49年の出雲民藝館の創設に尽力した外村吉之介は、「焼物の王様は野壺である。」と言っている。野壺というのは、野良に埋められた肥やしを溜める壺のことで、出雲地方をはじめ、特に石見地方に多く見られるものである。石見焼きでは大型の高温焼成で作る堅牢なこの甕を「はんど」と呼び、北前船で日本各地に送り出していた。その一部が畑に埋められるために作られたようだ。今でもJR山陰線に乗って過ぎ行く畑を眺めていると地面に丸い口の形を発見することができる。実用の大物陶器であるが姿は土に埋まって見えない。外村吉之介は「野壺は見られるすべての予想も願望も捨てた職人の仕事である。」だから、「大らかに美しい。」と賛辞を送っている。
 先の河井寛次郎が出雲へやって来たのは、出雲で民藝の窯元として知られる出西窯の創始者の一人で出雲民藝館の創立、運営にも深く関わっていた多々納弘光さんが、終戦後間もなく陶芸を始めてみたものの、その向かう先に迷っていたことから教えを請おうと招いた時だったという。出西窯の若者たちに寛次郎は、「手あぶり火鉢の作り手を捜すとすれば、それは“用”。」だと説いた。それを聞いたときパアッと道が開かれたと多々納さんは語っていた。
 出雲における民藝の輝きを知ることのできる出雲民藝館の、赤瓦を乗せた塀の続く門までのアプローチは粗砂が敷かれていて、そのザッザッという音が今も耳に残っている。

営業時間 10:00〜17:00(16:30までに入館ください)
定休日  月曜日(祝祭日の場合は翌日)/年末年始
入館料  大人500円、小人100円
駐車場  有り
住所   島根県出雲市知井宮町628
電話   0853−22−6397




高さ30センチほどの木炭のような色合いの湾曲した屋根を持つ火鉢

漁師御用達の手あぶり

板壁に縦に下げられている右上角の赤色が印象的な藍染

湯上げの布

人もすっぽり入りそうなほどの大きさがある

大きな野壺

門まで赤瓦を乗せた塀が続く長いアプローチ

白砂の敷かれた入り口