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姫原の石神さん

ひめばらのいしがみさん 

見る知る出雲エリア平成時代

『日本書紀』の国譲り神話には、出雲大社に近い稲佐の浜に降り立ったタケミカヅチとフツヌシの二神が、オオクニヌシと国譲りの交渉をするシーンある。その二神に先立って国譲りの交渉に天下った神々がいた。アマテラスの命を受けて最初に天下ったのはアメノホヒ。しかし、彼はオオクニヌシに従って3年も高天原に報告さえしなかったという。


アメノホヒは、『出雲国風土記』の編纂に携わった出雲臣広島の祖先であり、今の出雲大社の宮司の祖先といわれている。さて、今回の主人公は、『古事記』などではこのアメノホヒの子とされ、『日本書紀』には武夷鳥命(タケヒナトリノミコト)とも記される神様である。出雲市の中心地に、その武夷鳥命を祀る神社があるというので向かった。出雲市役所から8分ほど北へ歩いた姫原という地区の住宅街の中にあって、なかなか見つからなかったが、やっと2階建てのアパートの横にちょこんとある小さな鳥居が目に入った。その鳥居の斜め前に、比那神社と深々と刻まれたつやつやした大きな大理石の標柱が威厳を醸し出していた。
標柱からアパート横の路地を入るように参道が奥へ続いている。まもなく参道が少し広くなって、口紅をした狛犬がお迎えしてくれる。お参りして扁額を見上げると金色に輝く比那神社の文字。拝殿の右へ歩みを進めると、高さ1メートルほどの柱状の石が祀られていた。本殿を見上げると、雨風による老朽化を防ぐためか壁面全体に覆い壁がしてあり、本殿はそれに隠されてよく見えない。拝殿の後ろを回ってみると、また石神があった。今度は直径50センチぐらいの丸い石に何枚もの御幣が丁寧に付けられ、白く厳かに輝いている。ここへ来る前に比那神社を調べていたら、江戸時代前期に『出雲風土記抄』を書いた岸崎時照が姫原村の古老から、村の鎮守の丸い石の話を聞き、これを祀るために小祠を建てたと伝わっていた。その丸い石神であろう。
小さな板に筆書きされた比那神社の由緒書きには、祭神は比那鳥命、別名を武夷鳥命、武日照命(タケヒナテルノミコト)と日本書紀に明らかなり、アマテラスの御子アメノホヒが父神である。天孫降臨に先立って出雲国に降り立って、オオクニヌシに対して国土奉献の任務を平和裡に遂行された軍使の神であり、後にこの比那原の地に宮造りし鎮座した、とある。
この武夷鳥命が『日本書紀』に登場する部分は、崇神天皇60年7月に、天皇が「武日照命が天から持って来た神宝が出雲大社に納められているから、それを見たい。」と言って献上させたことがあり、そこに名前が出る。さて、この話、神話上の話とはいえ、高天原の神宝が出雲大社に持って来られていたというわけである。それを崇神天皇が見たいと言うのである。これが出雲で大事件になった。
崇神天皇の命を受けたのは、出雲臣の遠い祖先に当たる出雲振根(イズモノフルネ)である。つながりで言えば、武夷鳥命の子孫にあたる。『日本書紀』によると、出雲振根は筑紫の国(九州)へ出かけており、代わって対応した弟の飯入根が、神宝をあっさりと献上してしまう。まもなく九州から帰った出雲振根は「なぜ数日でも待てなかったのか。」と怒り、そして年月がたっても恨み怒りはおさまらない。とうとうある日、「止屋の渕(やむやのふち)に多くの藻が生えている。一緒に見に行かないか。」と弟の入根を誘った。振根はあらかじめ木刀を作って、それを身につけて行った。そして入根が水浴びしている間に、入根の剣を自らが取った。入根は自らの剣を振根に奪われたので、振根の剣を取ったが、木刀では勝てなかった。こうして入根が殺されるという大事件になる。この一件を耳にした崇神天皇は、すぐさま出雲振根を討伐したのである。
男二人での水浴びであるが、察するにわざわざ出かけて、清らかな藻の生える場所で水を浴びするのは、水に身体を浸して清める意味合いがあったのではないだろうか。
止屋の渕については、『日本書紀』には場所の記述がないけれども、『出雲国風土記』には止屋の地名が登場する。場所は、今の出雲市大津町周辺である。そこに止屋の渕とされる伝承地が残されている。それは斐伊川と神戸川をつなぐ人工の運河、斐伊川放水路の脇にあり、解説看板が設置されて、こんもりした林の奥に石が祀られている。出雲には『出雲国風土記』だけでなく、『日本書紀』や『古事記』に登場する場所に比定されるところがあって、まるでロケ地探訪のようだ。
さて、比那神社の祭神については、女神が祀られていたという説もある。江戸時代の地誌である「雲揚誌」に「此神座す故に土俗誤で姫原といふ」とあることから、ここに祀られた神が女神ゆえだからでないかという推察である。

この姫原の石神さんに関してGoogleMapで検索できる緯度経度を示します。

止屋の渕 35.354775, 132.783799




住宅街の路地のようなところにちょこんとある鳥居

比那神社の鳥居

石神さんを覆った御幣が陽を浴びて輝いている

まぶしい丸い石神さん

こんもりとした鎮守の森が止屋の渕跡

止屋の渕の森

高さ50センチほどの三角の形の石神さんと左隣りに小さな祠

止屋の渕の石神さんと小祠