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威勢良く神輿を押し合う占い祭り

いせいよくみこしをおしあううらないまつり 

見る知る奥出雲エリア平成時代

オセ!オセ!ヨーイ!オセー!神社の広い境内に大声があがっている。藍染の小紋の絣に真っ白な布をたすき掛けにした威勢の良い男衆がひしめき合っている。50人ほどは居るという男衆の塊、その中に重い白木の神輿が埋まっている。その神輿を神社の本殿と鳥居を結ぶ直線を境にして、右側へ押す力と左側へ押す力がぶつかりあっているのだった。この神輿を押し合う一風変わった祭りは押輿祭り(おしこうまつり)と呼ばれている。


毎年10月1日に奥出雲町下阿井地区にある阿位(あい)八幡宮の例祭行事である。この社は、社より南東方向の谷の奥にあった米山城の城主佐野氏が永長元年(1096年)に、その頃厄除けの神社として有名で、源氏など多くの武士から信仰された山城国石清水八幡宮の分霊を勧請したという。祭神は誉田別尊(ほむたわけのみこと)、比彗膺澄覆劼瓩おかみ)、息長足姫命(おきながたらしひめのみこと)である。
祭りの日の昼過ぎに、カメラマンや氏子が集まり始めた境内に入った。本殿に向かって右前に2つの神輿が並べられていた。一つは黒い漆塗りで、煌びやかな飾りをつけた神輿である。もう一つは塗りも飾りも無い木製のずんぐりした祠とも見えるものである。中を覗きこむと1本の榊が立てられていた。氏子に重さを聞くと、重さはおよそ150キログラム。3年ぐらい前に作って乾燥しているから、少し軽くなっているかもしれない、とのことだった。
午後2時半過ぎ、まだ氏子も参拝者もまばらな頃、宮司が本殿の扉を「オオオーーー」の警蹕(けいひつ)の声とともに開けて神事が始まった。拝殿の壁の棚に並んでいた神饌が氏子代表と神職の手によって受け渡されて本殿の階段を上がっていく。押輿に参加する氏子は、手に手にお米を入れた布袋を持ってやって来て、拝殿の角に設けられた受付に渡して、お神酒をいただく。お米は大きな米袋に移されて空になった布袋が返される。続いて本殿にお参りすると、拝殿の裏に回って真新しい御幣の下がった祠や樹木、石碑など、本殿の周りのおよそ15ヶ所あまりを順々にお参りしていく。神輿の前では湯立て神事が行われ、熱湯に浸した笹竹を二つの神輿に振ってお清めがされた。この頃になると、境内の本殿のある上の段は押輿に参加する氏子も参拝者も増えて祭りの雰囲気が盛り上がって来ていた。上の段から十数段の石段を下がった所には下庭と呼ばれる広場があってその向こうに鳥居が見える。下庭にはカメラマンが十数人、祭りを待ちわびている。
午後4時になる頃に、宮司と禰宜(ねぎ)の2人が神輿の前に現れて、その後ろに神輿を落とす役の祭事番(さいじばん)の若者4人が並んでいた。宮司が再び大きな警蹕の声を上げた。この時、神輿に神霊が移されるといわれている。
すると、祭事番は150キログラムもあるという神輿をヨイショと持ち上げて、石段の上に運んで行く。そこから神輿を落とすのである。年配の氏子が二人、石段下の庭に揃った氏子たちに「ヨー!」の掛け声をして、庭の氏子たちは拍手で返している。それを何度も繰り返し祭りの熱気が上がって行くが、神輿を持ったままの祭事番は苦しそうである。そして、とうとう神輿が宙に舞いゴツンと音を立てて石段をころがり落ちる。落ちて来る途中の回転する神輿を下側へ押す強者がいた。神輿が下庭に立つか立たないかという間際に数人の氏子が取り付いたと思うと、瞬く間に神輿は大勢の氏子の中に消えてしまい「押せー!押せー!」の掛け声が何度も繰り返される。
この押輿祭りの神輿の押し方は、神社の正面を流れる奥湯谷川に沿って鳥居より上流の上組と下流の下組に別れて押し合い、神輿が本殿と鳥居の中心を結ぶ線より下側にあれば上組の押し勝ち、上側にあれば下組の押し勝ちとなり、勝った方の稲が豊かに実るという五穀豊穣の占いになっているのである。
押輿には若者から白毛の混じる人まで様々な世代が参加している。親子孫の三代で参加している氏子もいるとのことだ。この日は平日であったが、祭りの日が土日ならば2倍の人数になるとのこと。それは壮観であろう。押し合いは石段下から鳥居に向けて徐々に移動していたが、やや下側に傾いたままの形勢は変わらなかった。着ている絣の着物は吹き出す汗でびっしょりと濡れて、押し合いは20分ぐらいも続いた。すると押し合う中から「まだかあ!」と声があがり、「いや、まだだ、姿が見えん」の声がする。石段を見ると烏帽子を被った着物姿の頭司(とうつかさ)なる人物が礼服正装の氏子と並んで立って、じっと押輿を見ている。近づくと、「よし、いいだろう」と声がして、頭司が押輿に近寄っていく、すると礼服の氏子が氏子衆の上に頭司を押し上げ、頭司は持っていた御幣を振った。これが押し合いの停止を命じており、勝敗の決定宣言らしい。歓声が上がって拍手が打たれ団子になっていた押輿が解けていくと、中から現れた神輿は汗で濡れていた。
この日、祭りを待つ間、年配の氏子が若い祭事番に落とすコツを伝授しているのをたまたま聞いてしまった。神輿を落とす祭事番4人は上組、下組から2人ずつであり、神輿を落とす時に手を離すのを最後になるようにタイミングを取って、その最後の一手で、上組なら上側に向かって押して落とせ、と言っていたのである。その効があったのかなかったのか。確認するのを忘れてしまった。




左側が飾りの無い白木製、右は黒に金飾り

拝殿前に置かれた神輿2つ

氏子も参拝者も賽銭やお米をお供えして手を合わせる

本殿の周りの神々に参拝

神輿が上の段から石段を下庭に向かって落とされる

さあ、いいか、いくぞー!

氏子50人余りが汗びっしょりで押し合う

押せ!押せ!押せー!