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奇祭!ガッチ祭り

きさい!がっちまつり 

見る知る松江エリア平成時代

鳥居を出てくるやいなや「ホエー!」と大きな奇声をあげて襲いかかってくるガッチ。バシッ!と尻や腿を叩かれる。この日は、30発は叩かれただろうか。もう二度と行きたくはない。この「ガッチ祭り」は毎年10月23日に行われる松江市島根町野波の祭りである。ガッチの持つ藁の棒は「スッボ」と呼ばれ、これをブンブンと振り回して尻を叩く。小さい子やお年寄りには、これを輪にして、頭をチョンとつつく。優しい。


この祭りは、元来は旧暦6月15日に「日吉神社」で行われていたもので、野波の町の中央北側にある権現山の鎮座地から海岸までの神幸していたものだとされる。明治42年にこの「日吉神社」が海辺にある日御碕神社に合祀された。それから、年に1回「日吉神社」の神が、日御碕神社から元の地へ里帰りする祇園社神幸祭として行われるようになったものである
祭りの日の早朝、神幸の通り道には海砂が置かれる。これが潮で清められた道を形作っている。出雲大社のマコモ神事も砂を積むが、神様は直接に地面を踏んで歩いたりしないのだ。そして、徒歩を意味する「カチ」が今の「ガッチ」に変化したと思われる。面を付けたり、覆面をした者たちが、道を清めて歩くのだが、時々スッボを縦に振って地面をバシバシ叩く、道に限らず、家や人までをバシ、バシと叩いて回るのだ。
古老に聞くと、小さい頃通っていた野波小学校から日御碕神社が見えたという。祭りの日、「ガッチが宮を出たのが見えーわや、そげしたら、もうそわそわして授業どころじゃなかった!どげやって家に帰るか、山の上の畑を通って遠回りした、おぞかった。」という。細い路地をおそるおそる進んで、広い通りに出た途端で見つかったら、もうダメだった。20代の女性も子どもの頃の恐ろしい体験談を話してくれた。家の中まで、白足袋のままで駆け上がって来たそうだ。
古老曰く、「距離5メートル以内で鉢合わせしたら、もう観念した。でも、それ以外なら逃げられた。相手は酒を飲んでいるからね〜。」「それと奥の手は、墓に逃げーだがね。ガッチは墓には入れないから。墓も怖いけどガッチよりはいい。」
そうやって必死の形相で逃げ回っていた子どもが、いつの頃からか祭りに参加するようになったという。豆ガッチと呼ばれていた。今回も中学生や小学生の豆ガッチがいて、中には衣装まで着てガッチになっているのに、ガッチに叩かれると怯えて母親のそばを離れられない豆ガッチもいた。小学校の高学年や中学生は、猛ダッシュで追いかけて来るので、私も逃げ切れず何発か叩かれた。子どものスッボの振りは低いので腿とかにバシっと来て、鈍感な尻よりよほど痛い。
鳥居を出たガッチたちは、そうやって道を清めた後、車に分乗して、今では統合されて遠くなった幼稚園や小学校、そして中学校や企業などにも出張ガッチする。そして、昼からまた集落を往来して、道ゆく人を叩く、時折家にまで入る。カメラマンも20人ぐらい来ていたが、おかまいなしに何人ものガッチに叩かれる。
こうして夕方になると、二つの神輿を先導して旧社地の御旅所へ向かう神幸祭がある。この頃には、大人のガッチはフラフラである。家に乗り込んだら、お礼にお酒が振舞われるからである。昔は酔ったせいで集落を横切る川に落ちる者もいたそうだ。
この祭りは、七つの地区が毎年交代で担うのだが、ここも少子高齢化で今年は二つの地区が合同したという。ガッチになるために東京や兵庫から休みを取って帰ってきた者もいるという。「次の6年後のことはどうなるか、もうワシは生きとらんかもしれんしな。」と古老が言った。
ガッチの昔の覆面は、古いのぼり旗を使うそうで、黒い文字の付いた白黒や赤黒のまだら覆面で怖さも倍増だったという。そしてガッチは腰の黒帯に複数のスッボが差している。これは、いっぱい叩くとスッボが解けて使えなくなるための交換用である。ありあまる力が感じられて怖い。ガッチが着ける面のなかに、今も昔も人々に一番恐れられている面がある。年代を超えて誰もが口にした。これは般若のような顔で鼻のあたりが崩れた「鼻ぺちゃ」と呼ばれる面である。その面をつけたガッチは、ガッチの中でも1番に足が速かったそうだ。さしずめガッチの頂点に君臨する面。これに見つかったらもう終わりだった。

この ガッチ祭り に関してGoogleMapで検索できる緯度経度を示します。

日御碕神社(野波)  35.577589, 133.094268
元日吉神社(野波)  35.577909, 133.098816




海岸沿いにある神社、元は海岸の小島の上にあったという

日御碕神社(野波)

うみずなで清められた道を神輿とガッチが進む

砂の引かれた道を行く神幸祭

スッボとい呼ばれる硬い藁の棒を振って叩くガッチ

スッボを振るうガッチ

般若の顔の鼻がつぶれたような赤いお面

ガッチの頂点「鼻ぺちゃ面」