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木綿街道の大工小屋

もめんかいどうのだいくごや 

見る知る出雲エリア平成時代

平田の木綿街道に大工さんが店を開いたと聞いて木綿街道に向かった。醤油を使った美味しいアイス「醤油愛す」で有名な醤油屋の岡茂一郎商店の東隣に、玄関周りが真新しい白木の建物があった。よく見るとガラス戸の内側に白木の格子戸が並んでいた。筆描きされたWOOD WORKSの文字が並ぶガラス戸の、細い真鍮の取手に手を掛けて、横に引いて声をかけると、中の格子戸も横に滑って行く。


中に入ると、木の香りが漂うなんとも雑然とした空間だった。まだ準備中の家具展示場のような、または、その家具をここで作っている作業場のようなところ。厚さが10センチはあろうかという白木の無垢の天板のテーブルが、ドンと存在しているが、私の足元には、キャンプ道具のような椅子やテーブルが目に入る。それに部屋の片隅には黒い薪ストーブも鎮座している。
オーナーの田中達也さんによると、ここは、彼がハンドメードする家具の展示やレンタルスペースにする予定で、仕事が忙しく開店ままならず、まだ準備中なのだそうだ。
田中さんの名刺には、一級建築大工技能士とある。普段は、家の新築やリフォームを手がける大工である。施工例の写真が飾ってあって、結構おしゃれな家を立てておられる。このお店の様子をみれば、木が好きなことは一目瞭然であるが、大工がどうしてまた家具を作り、それもお店まで出したのか。
写真にもある、家庭の庭やアウトドアでも使えそうなツートンカラーのテーブルについて聞いた。白い方は材木を削って、木の美しい部分を表面に出したもの。大抵の家具はこのように綺麗である。では、左の黒ずんだ側はなんなのか。これは、製材所で木を乾燥させている途中で、陽に焼けてしまった部分、雨にさらされた水の縁の痕跡も黒く波打っている。田中さん曰く「その部分は紙を置いて文字は書きにくいですよね。でもまあテーブルの役はしますよ。」とのこと、触ってみると、ザラザラしている。こうした自然の力の痕跡が好きだと言う。石に残る雨の滴が作った穴とか、皮やジーンズの使い込まれた様子などに心惹かれるという。また、リフォームする時に、家を建てた時の大工がノミで削り開けたホゾ穴の、削り口のささくれにまで目が行ってしまうという。天井裏の木材に大工の名前など刻まれていれば、なおさらのようだ。そうした時間という名前で、神羅万象が残した痕跡から、何かを感じる想像力が豊かなのだろう。
また、一方で家具のデザインでは、スタイリッシュで華奢な感じが好みだという。そうなのか、と先ほどのツートンカラーのテーブルをよく見ると、板のエッジの厚さは1センチ程度になっていて、その下は奥に向かって削り込まれている。テーブルの前の椅子に座っていれば、目の前のテーブルは厚さ1センチほどにしか見えない。手を伸ばして裏側に触ってみると、ざらついた板面で、それにそって指を伸ばしていくと、なんとテーブルの板の厚さは5センチぐらいにもなるのでなかろうか。驚いて「こりゃアウトドアには、少し重いんじゃ無いの。」と言ったら。「実際には半分くらいがいいでしょうね。」とのこと、苦笑いである。このテーブル、白黒の境目で折りたためるそうだ。なかなか便利である。
さて、このツートンカラーの机の上の天井も、削ったばかりの白木と古い家屋の黒光りする天井の白黒となっている。黒い古民家部分には電気の配線と埃をかぶった碍子が古い時間を手繰り寄せている。昭和初期の資料では、木綿街道の家々の8割以上が店舗併用住宅であって、この家は櫛谷(くしたに)洋装店で、多くの女性が詰めかけ繁盛していたらしい。建築時期は明治ではないかと言われているが、二階の天井などの造りが江戸末期の様式という。江戸末期から明治まで木綿で栄えた木綿街道の賑やかなりし頃、格子戸の向こうをたくさんの人の影が行き交っていただろう。
表のガラス戸にはWOOD WORKSとあったが、田中さんによるとこの店の名は「大工小屋」だという。確かに、大工さんが鉋(かんな)で材木を削る時に使う、通称ウマと呼ばれる4つ足の馬の姿に似た4本脚がテーブルの下に置かれていて、これらのウマ二つの上にテーブルが乗っているだけである。作業場のように見えたのは、このウマのせいである。田中さんは、このウマにも愛着たっぷりで、「とにかく頑丈なんですよ、このウマ。四方転びのウマですね。」と言った。聞いた四方転びを説明するととても長くなるので、申し訳ないが、お店で聞いてもらいたい。
この大工小屋は、キッチンも設備してあって、食を伴う交流の場としても使えるようになっている。廃材を削って新品のようになった太い材木で組まれた棚に、丸い小さな穴のあいた分厚い板が並んでいた。何かと思ったら、桜の木で作ったまな板だという。果物が好きだったら欲しくなりそうだが、きっと刃物も選びたくなるだろう。逸品である。
刃物といえば、キッチンのそばに大工道具が並んでいたので、私が研ぎ名人の大工の話をしたら、大工の世界には、鉋薄削り大会なるものがあるそうで、この大工小屋で、鉋で材木を削る鉋がけ体験を開催したいという。それを聞いて、田中さんは刃物や研ぎにも強いこだわりがあるのだろうと感じた。普段のオーダーで受ける新築住宅などでは、なかなか出せない田中さんの感性が、透き通った鉋屑のように軽やかに飛んでいる大工小屋だ。


こちらの大工小屋、に関してGoogleMapで検索できる緯度経度を示します。
大工小屋 35.438650, 132.821601




木綿街道では珍しい玄関と間口が真新しい白木のつくりになっている

ガラスをはめた白木の玄関

白黒の対比が美しい長方形のテーブル

ツートンカラー折り畳みテーブル

分厚いテーブルの奥が木に囲まれたキッチン

キッチンスペース

縦横が20センチ、15センチ、厚さ2センチぐらいの板である

小型まな板(桜の木)