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古民家の天然酵母パン

こみんかのてんねんこうぼぱん 

見る知る出雲エリア平成時代

そのパン屋は葡萄畑の中にあった。店は出雲市の中心部から出雲大社へ向かう途中にある浜町あたり、出雲国風土記の時代には、神門の水海(かんどのみずうみ)の岸辺に当たる場所で、砂の降り積もったなだらかな丘が続いている。この丘から北山にかけて広がっていた神門の水海が江戸時代の初めには広大な湿地となっていた。近くの浜山の東南部にあたるこのあたりに、元和2年(1616)に若宮神社が創建されたという。


だとすれば、江戸初期ぐらいから人が住み着き始めたと考えられる。元和2年(1616)頃より、広大な湿地で菱根池と呼ばれた地域の干拓を三木与兵衛が初めて新田開発に成功したことにより、地名の浜村が誕生した。
古い話を持ち出してしまったが、パン屋はルバーブという野菜の名前を持つ、どっしりとした古民家であり、その場所は開拓の歴史に彩られている。今では、周りには葡萄の栽培ハウスが並でいるので、遠くから建物の姿は見えないが、近寄ると1本の大木だけがあって、あとはただ広い庭と黒瓦の低い屋根を持つ古民家が忽然と現れる。曲がった木で作られた玄関の取ってを手に引き戸をすべらすと、入った土間はパン屋さんだった。いらっしゃいませの声とともにパンのいい香りが出迎えてくれる。開店は2015年。古民家は昭和7年(1932)の建築ということだ。明治大正ほどに古くはないが、一般的な古民家とされる次の3つの要素をもっている。一つは、伝統的な建築工法の木造軸組工法で建てられている。二つ目は、茅葺屋根、草葺き屋根、日本瓦葺き屋根、土間、太い柱と梁を持っている。三つ目は築年数が50年以上経っている。
午後2時ごろで、数も種類も少なくなったパンが、隠れた名店なんだよと語っている。そのパンの土間の左手に畳の間がある。古い家の定番の間取りで、パンの並ぶ土間は、臼庭(ウスニワ)と呼ばれ、そこから左手の座敷(ザシキ)に上がる、さらにその奥が表(オモテ)であり、その表の部屋には、これもまた定番ともいえる神棚の棚が残されていた。写真は、ちょうどその二間で、趣味の陶芸歴6年という陶芸家の陶器市が開かれている様子で、またたくまにお客さんが二十人近くになってごったがえす賑わいだった。
そして、オモテの後ろ側は納戸(ナンド)、ザシキの後ろは台所というのが、田の字型と呼ばれる典型的な農家の間取りである。土間を臼庭と呼ぶのは、筆者の小さいころに母の実家での経験であるが、土間で正月の餅つきを石臼でしていたからではないだろうか。
今、ここに餅ではなくパンを並べているのは、小室浩司さん。天然酵母を使ったパンを主力にして始めたが、当初は苦労の連続だったという。パン屋の経営の経験が無く、パンづくり教室に通って勉強をしたが、天然酵母は扱いにくく当初はパンが固かった。筆者は開店当時にパンを買って食べたことがあるが、とても固くて目を丸くした。開店当初に「固いパン」と言われるのが辛かったそうだ。
そんな小室さんは、もともとは食品会社に勤めており、食品会社では、会社の将来のもう一つの柱となる新規事業に取り組む部署いた。サツマイモやジネンジョ、トマトなどの栽培をして事業可能性を探るなど、さらにパン屋の展開なども提案していたそうだ。自らがアトピー体質だったこともあって、天然酵母や有機栽培、無添加に関心があって、とうとう自分でやる。と腹をくくってスタートしたという。そしてこの古民家を選んだのは、古い家の持つ酵母の力も借りたかったらしい、パン屋に酒蔵や醤油蔵と同じ発想があるとは驚いた。また、ルバーブの店名は、新規事業の対象としてルバーブの栽培やジャムづくりなどをした経験から洒落た名前だと感じたからだそうだ。お店のトレードカラーの赤は、きっとルバーブの茎の色と思われるがどうだろうか。
人気のパンは、天然酵母で歯応えハード系直焼のくるみとチーズ400円、クランベリーとクリームチーズの入ったパン400円などである。小豆あんの入ったパンやチョコパンなど菓子パン系も揃えてある。変わり種は、ちょっとスピリチュアルな波動を込めた、なないろパン(有機小麦使用)、オレンジピール入り500円。健やかに元気にという思いを込めたパンということだろう。(写真左から小豆あんの入ったパン、中上がなないろ、中下がクランベリーとクリームチーズの入ったパン、右がくるみとチーズ)何年ぶりかに食べてみたが、開店当時よりは柔らかく、そこで気が付いたのは、キャンプやトレッキングに持って行くと、パンは型崩れしないし、美しい風景を見ながら、味わい深く噛み締めて食べられるだろうということ。
こうしたパンの柔らかさや味わいについては、奥様の意見がたくさん取り入れられているそうだ。奥様曰く、「お客様によろこんで食べていただき、自信を持って売れるように、いろいろな角度から助言しています。」とのこと、ご主人のことを聞いたら、「優しいし、細かなことまで考えていて繊細な人です。私と男女が逆さなぐらいですよ。」と笑っておられた。

ルバーブ
営業時間 8:00〜17:00
店休日  毎週 水曜日・木曜日(※都合によるお休みがあります。)
駐車場  13台
住所  〒693-0054 島根県出雲市浜町1665番地
TEL   0853-27-9204
Facebook https://www.facebook.com/rhubarb.bakery

参考資料
出雲市地名考(上・下)  永田滋史著 昭和63年発行 出雲市教育委員会
出雲市内神社誌      薮 信男著 昭和62年発行 出雲市教育委員会




広い庭に赤い実のなる大きなモチノキが1本ある

ルバーブは黒瓦の大きな古民家 

広くて明るいふた間続きの和室、普段はイートインコーナー

ギャラリーなどに使える和室

午前中はパン焼き、午後は明日のパンの仕込み

パン工房は土間だったところ

外見だけでは分からない、重さと味わい

さまざまなパンの顔