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ヤマタノオロチ伝承(その5)

やまたのおろちでんしょう そのご 

見る知る出雲エリア平成時代

ヤマタノオロチが住んでいたという伝説のある天が淵(あまがふち)について、あるホームページには、『斐伊川上流、木次町と吉田町境にある「天が淵」はヤマタノオロチが住んでいたところといわれています。また、天が淵には、「蛇帯」と呼ばれる青と赤の筋になっている石があり、ヤマタノオロチの足跡と伝えられています。映画「うん、何?」のロケ現場にもなりました!』と載っていた。


ヤマタノオロチが住んでいたというのに、事前情報が少なすぎるが、ともかく天が淵に行ってみた。西日登から約7キロメートルである。道路の脇に駐車スペースが作ってあり東屋もあった。大きな看板にはオロチ伝承の地があちこち紹介されていたが、ここでも天が淵の情報は百文字以下と、いたって少ない。東屋からは眼下に天が淵を見ることができた。河は左手奥の方から足元へ流れ来て、淀みとなっているようだった。右手にあった広い石段を降りていくと、そこには満面の蒼い水が広がっていて、上流の方には瀬があって白い飛沫が見える。足元は水がトロリと流れており河底は見えない。よほど深いのだろう。時折流れてくる木の葉が目の前でくるくると回っている。河に渦が巻いているのだった。
水の中はどうなっているのか気になるが、まず「蛇帯(じゃおび)」はどこか。立っている岩場は天が淵の東側に当たり、河岸の岩場が100メートルほども長く伸びているが、いくら探しても赤や青の岩は、見当たらなかった。表面が赤い石はいくつもあった。赤い石は欠けたり割れたりしたものを見ると、その中は普通の石で赤色をしていない。これは天が淵の周りの川中にある石を見ると分かるが、多くの石が花崗岩である。この辺りの山々は、花崗岩(かこうがん)に含まれる砂鉄をつかって「たたら製鉄」と呼ばれる和鋼の生産で知られるところなので、土中に含まれる鉄分も多いだろう。とすれば、石の表面についた鉄が酸化して錆びて赤茶色になったものではないだろうか。そして青色の岩などまったく無いのである。ヤマタノオロチの足跡というのだから見つけたいものだが、片方ではオロチには足があったのかと揶揄(やゆ)したくなる。その後、図書館で江戸時代に書かれた『雲陽誌』の中に蛇帯の文字を見つけた。それは、この天が淵の上流にある湯村の項に、「湯の邉より川向の岩に青赤の筋あり是を土人蛇帯といふ」とあったので、蛇帯は天が淵の話なのでは全く無く、湯村の伝承と混同して伝わったと思われた。
さらに、蛇足かもしれないが、ネットで調べていたら、古代出雲歴史博物館の神話シアターで上映される「中世のヲロチ神話」という作品では、オロチに足があり、空を飛ぶとあった。そんな荒唐無稽な映像を博物館が作っていたのかと驚いて、さっそく見にいった。展示室の右手側に神話シアターの入り口があり、他の作品もあるため上映時間が決められている。始まった「中世のヲロチ神話」を見ていると、登場した八頭、八尾のオロチに足が4本あったのである。その上、空を飛ぶので、怪獣映画のゴジラの中に出てくるキングギドラを彷彿とさせた。もっともキングギドラは3つの頭に2つの尾であるけれども。
インターネット上には、この「中世のヲロチ神話」を見て、古代出雲歴史博物館に対してオロチに足があることを質問している方があった。そこには、博物館から得られた回答もホームページに上げてあった。それを読むと、「中世のオロチ神話」に登場するオロチは、当時流行った龍と混じり合わせて表現したもののようだった。
そして映像作品の「中世のヲロチ神話」は、大永3年(1523)に李庵(りあん)という旅の僧が湯村温泉にやって来て、聞いたり見たりしたヤマタノオロチの伝説を『天淵八叉大蛇記(あまのふちやつまたをろちのき)』に書き残したものをベースに作成されていた。映像には李庵も登場して、天が淵を歩く姿や筆を取って書き留めるシーンなどもあったのである。
『天淵八叉大蛇記』を探し出して読んでみると、そこには仰天の物語が綴られていた。それは、オロチに強い酒を飲ませるために、艾(もぐさ)で作った稲田姫の人形を山の上に立て、それが酒船の中の酒の表面に映って、オロチが酒を飲み、さらにオロチは稲田姫の人形に食らいついて飲み込んだ。艾とは蓬(よもぎ)から作り、お灸をすえる時の火を付ける綿状のものである。オロチが飲み込んだ人形の艾には火がついており、オロチの腹の中で燃えたため、酒にも酔い、腹は火事のようになった。その悶え苦しむところをスサノオがズタズタに切り刻んだのである。「中世のヲロチ神話」にもあったシーンである。この場面で、前のヤマタノオロチ伝承(その4)に紹介した地名「ハラカジ」はこの伝説が元になっているのではないかと感じた。
『天淵八叉大蛇記』は、読んでみるとなかなか面白いので、もう少し、何を物語っているのか追ってみることにする。つづく

※『天淵八叉大蛇記』は、『神々のすがた・かたちをめぐる多面的研究』(発行:2011年3月 島根県古代文化センター)所収 岡 宏三「内神社所蔵「天淵八叉大蛇記」について」に掲載されています。


天が淵    35.230218, 132.910238
湯村(温泉) 35.217573, 132.907579




静かな水面が空や雲や山の緑を映している

天が淵の下流から

足元の岩場にそって巻く渦

時々わき起こる渦巻

わき起こった幾つもの渦が下流へ移っていく

天が淵の岩場から下流

割れた岩の表面部分だけオレンジ色になっている

表面が赤くなった石