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ヤマタノオロチ伝承(その8)

やまたのおろちでんしょう そのはち 

見る知る出雲エリア平成時代

箸休めの続きである。テナヅチとアシナヅチが娘を挟んで泣いているところをスサノヲに尋ねられたところは、天が淵の近くではなく福竹と呼ばれる場所だという。地名の由来は、テナヅチ、アシナヅチが、ヤマタノオロチから逃れるために天が淵の背後にある万歳山からその北側の万昇峰を超えてやって来て、一本の杖を立てて「長者の福竹」ととなえたから。という伝説が残っている。その杖から根が生えたというのだ。


長者の福竹は道路沿いには無く、道路から歩いて上がった農地の一角にあった。まず四角い柱状の解説版が見えて、近づいてみるとやはりそうだった。そのすぐそばに、1メートル四方ほどの木製の垣根があって、それが福竹らしい。というのも垣根の中には竹らしきものは見えず、細い笹竹が少しあるだけで、目立つのは南天であったからである。竹は無いのかと、しゃがみ込んで垣根の下あたりから中を覗き込むと、南天の根本の地面に数本の御幣が刺されていた。先の説明板によると、もともとここにテナヅチとアシナヅチを祭る国津神社があって、戦国時代の天正年間に再建立し、その後社殿が大破したので、近くの壺神さんの祀られている八口神社に合祀されたという。また、第二次世界大戦中には、ここにあった竹を掘り起こしてサツマイモを栽培し、その後、南天(なんてん)の木を植えたという。南天は「難を転ずる」の意を込めてのものらしい。周囲より小高くなった場所で、見晴らしは良いが、逆に言えば、ヤマタノオロチには見つかりやすい。また、スサノヲが流れて来た箸の持ち主を探して斐伊川を遡上していたとして、斐伊川から長者の福竹までの距離は約2キロメートルも離れている。はたして、そんな遠方の泣き声が聞こえたのだろうかなど疑問は尽きない。
さて、紹介したいもう一ヶ所は、ヤマタノオロチ伝承(その4)で取り上げた西日登の逆調整池にあった「はらかじ」から斐伊川を挟んだ対岸に鎮座する河辺神社である。河辺神社の祭神は、稲田姫とその子、八島篠命(やしまじぬのみこと)である。神社の由緒書には、稲田姫が御子を産むためにこの所に来て、「いと久麻久麻(くまくま)しき谷なり」と宮居したまうと天平5年(733)の古書にあり往時が偲ばれる。と書かれていた。
しかし続けて、河辺神社は、当時は烏帽子崖山の麓の字松林に鎮座しており、のちに現在地に移転した。とあるので、久麻久麻(くまくま)しき谷は烏帽子かけ山のあるあたりと思われる。出雲国風土記の飯石郡熊谷郷の項には、上記の「久麻久麻(くまくま)しき谷」の話が記されており、古書とは出雲国風土記を指しているのだった。
とすれば、旧社地はどこであろう。木次町誌によると、河辺神社は「駒形大明神」ともいい。とある。また、松江藩が享保2年(1717)に作った地誌『雲陽誌』の下熊谷のところには「松林山 此所に烏帽子かけといふ山あり、古老伝に云駒形明神往昔爰に鎮座なり」とあり、いにしえに駒形明神は烏帽子かけという山にあったようである。その駒形明神が移転して、のちに現在の河辺神社の名称になったと思われる。
ここで思い出したのだが、数年前に知り合いから烏帽子かけ岩に行きませんかと誘われて、連れていってもらったことがある。その時に、知り合いは河辺神社のことと稲田姫の出産の物語をしきりに口にしていたのだったが、残念なことにその頃は、この地域のヤマタノオロチ退治の伝説は作り話と思い、興味が無かったのである。写真に写っているのは、案内してくれた知人である。
この熊谷の稲田姫の出産の話は、こんな風である。「姥が廻(うばがさこ)にすんでいたうばが、三谷山の麓の嬉敷谷(うれしきたに)で、稲田姫の出産のおり、御子を取り上げたという伝説がある。この姥が廻と嬉敷谷の中間に烏帽子掛けがある。」というもの。このように大正時代の『下熊谷史(しもくまたにし)』に記されているという。また、産水(うぶみず)を汲まれたという井戸、産井(うぶい)の跡もある。そこは、「くまがいさん」と呼ばれ、地域では出産が近づいた妊婦が、この井戸の水を汲んで飲むとお産が軽いと伝わり、安産の神として崇敬されて昭和38年ごろまでは盛んに使われていたという。
稲田姫はこのあたりに住んでいたのだろうか、それとも出産に相応しい場所を求めて、斐伊川を巡っていたのだろうか。ヤマタノオロチ退治につきものの稲田姫の消息も気になるところである。

このヤマタノオロチ伝承(その8)に関してGoogleMapで検索できる緯度経度を示します。

長者の福竹            35.245502, 132.922410
河辺神社             35.266253, 132.900983
烏帽子掛岩            35.278634, 132.890119
烏帽子掛岩への小道入口(登山口) 35.277147, 132.893033
嬉しき谷解説版          35.284036, 132.891697
くまがいさん           35.286846, 132.893499

烏帽子掛岩の登山ルート(参考)
https://www.yamareco.com/modules/yamareco/detail-4144138.html




よどみ、渦巻く水面

オロチの窟宅という天が淵

二つの木製の垣根の中、それぞれに石が祀られてある

温泉神社のテナヅチ、アシナヅチの神陵

大きな岩が二つに割れたような様子

二神岩(ふたごいわ)

天が淵の背後にあり、神名火山のような台形の山

中腹に二神岩のある万歳山