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レトロな宿「ゑびすや民営ホステル」

れとろなやど「ゑびすやみんえいほすてる」 

見る知る体験する出雲エリア平成時代

出雲大社の参道入り口の勢溜から神門通りを下って、300メートルほどのところにある路地の奥に「ゑびすや民営ホステル」という黒地に白い手書き文字の看板が見える。いつも気になっていた看板である。「ゑびすや」はホテルでも旅館でもなく、ユースホステルでもないようだが、ゲストハウスだろうか?そこで、今回思い切って取材をお願いし、中に入ると大社の歴史を感じるとてもレトロな宿だった。


路地を奥に進んで看板の前を右に進むと良く手入れのされた庭があった。その庭に面して大きなガラス張りの玄関があり、ガラス戸を押し開けて、「こんにちは〜」と声を出すと、奥の方で「は〜い」と返事がした。待っている間、玄関の壁に目をやると「お國座」と文字の浮き出た幅2メートルほどの大きな木造の彫刻があった。お國座って、大社で昔あったという有名な劇場?ここ?
「はい、いらっしゃいませ。」と玄関に現れたのは、小柄な白髪のシックな前掛け姿で気品漂う中尾純子さんだった。

早速、御国座のことを聞くと、気さくに答えてくれた経緯に大社の歴史が感じられた。中尾さんは、戦後間も無く教員だったご主人と18才で結婚したそうだ。嫁いだ先は、「恵比須屋旅館」。場所は、すぐ近くの神門通りから馬場通りという路地への入り口角地にあった。旅館は、ご主人のお母さんが切り盛りされており、ここで旅館経営の基本を学び、中尾さんが30才になったころ、義理のお母さんが亡くなられて、恵比須屋旅館を継いだ。その間も無くの昭和38年5月、より安く、楽しんで満足してもらえる宿泊施設をやってみたかった中尾さんは、思い切って旅館の看板を下ろしてユースホステルの看板を上げた。旅館が一泊2000円ほどの時代に、一泊二食付きで400円だった。宿泊第1号は2名の四国からの大学生。夜に家族と一緒に食卓を囲んで大社や出雲の話をたくさんした思い出があるそうだ。すると2名は医学生で、お礼の手紙をくれたり、また泊まりに来てくれた。中尾さんは、それがとても嬉しかったそうだ。

ユースホステルは、主に学生を対象にした会員制の宿泊ネットワークだ。それは「旅を生きた教室」にしようと、ドイツの小学校教師だったリヒャルト・シルマンが発案した運動だった。中尾さんは女学校を卒業して教師になりたくて進学したところに縁談が持ち上がり、教師の道を断念していた。そんなことも影響していたのではないだろうか。
その大転換から数年経った昭和45年(1970)に、恵比須屋旅館から現在の場所に移転した。理由は、モーターリゼーション。恵比須屋旅館は神門通りから勢溜に上がる坂の途中にあったため、その頃多くなった車やオートバイが坂を上がるためエンジンを噴かす音が騒がしく、さらにオート三輪などのトラックが馬場通りと神門通りの曲がり角に立つ旅館の屋根に当たって軒先がそのたびに破損したからだった。

引っ越した現在の場所には、当時は大社劇場という映画館があった。その建物は、大正13年(1924)に建てられた木造2階建て入母屋造りの「お國座」。上方歌舞伎の上演や糸操り人形、活動写真などの興行を行っていた。この劇場は、江戸時代の初期には勢溜にあったとされる芝居小屋で、それが安政元年(1858)に地震で倒壊し、6年後に再建されて大鳥居座と呼ばれた。その大鳥居座が出雲大社神苑の拡張工事で移転したのがお國座であった。芝居初日には、役者さんたちが舞台衣装で人力車に乗り込み、チンドン、チンドンのお囃子と共に町中を顔見せに歩きまわったという。

その江戸初期からの歴史を持つ芝居小屋も最後は映画館だったわけだ。それが取り壊されて駐車場になる予定だったところへ、ユースホステルを移転して鉄筋の建物に新築オープンしたのだった。玄関にあったお國座の彫刻は、映画館の舞台前面の上にある一文字と呼ばれる幕の後ろにひっそりと隠れてあったものだそうだ。

全国組織のユースホステルから民営のホステルへと変わったのは平成21年(2009)、館内はユースホステル時代の2段ベットの部屋、シングルベッド2台の部屋、ベッドの無い畳の部屋などが用意されている。2段ベッドなどといえば、森の中のロッジやログハウスにあるようなものを想像するが、ここ神門通りの宿に半世紀以上も前に造られた頑丈そうなレトロな2段ベッド。ましてやシングルベッド2台は造り付けで、これもレトロモダンと言えそう。階段の手すりもクラシックな美術館に来たようだ。それに、大阪の鏡商がお礼にとくれた大鏡は、松の模様が施され、さらに丸い凸面ガラスがあしらってあって、これは、松の枝のむこうに昇る月を表現しているという。これは美品レトロ。部屋からも見える木立の庭の枝垂れ梅などの木は、神門通りのお店や旅館がその庭を駐車場にされた時に、その時々にいただいたものだそうだ。このレトロさに若い人でも2度3度と泊まってくれる人もあれば、海外からのお客様は、皆さんともて喜んでくれるという。

今は、宿泊4000円、夕食1500円、朝食1000円となっている。
大社に泊まって良かったな〜と思ってもらえるリーズナブルで、笑顔で帰っていただけるようにしているという中尾さん、「お客さまを笑わせたいのよ(笑)」の言葉が印象的だった。泊まられたら、ぜひ中尾さんにいろいろ話を聞いてみると楽しいだろう。


住  所 出雲市大社町杵築南831
電話番号 0853-53-2157
チェクイン  16:00  
チェックアウト 9:30
お風呂    部屋には無く共同風呂(男女別)
駐車場    有り
クレジットカード 不可
2食付き:6,500円
夕食のみ:5,500円
朝食のみ:5,000円
素泊り :4,000円




生垣の中に、黒地に民営ホステルえびすやの白文字

路地の奥に見える入り口看板

玄関を入った壁にあった雲をあしらった木製看板

玄関にあったお國座の彫刻看板

がっしりと頑丈そうな壁と一体になった木製ベッド

2段ベッドの部屋

壁に直接造くり付けられたベッド

シングルベッド2つの部屋