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闇見(くらみ)の国の久良彌(くらみ)神社

くらみのくにのくらみじんじゃ 

見る/知る/松江エリア/平成時代

出雲国風土記の冒頭に「くにこ くにこ」と4つの陸地を手繰りよせ出雲の国を広げつくる国引き神話がある。その3番目に国引きされた土地を闇見(くらみ)の国と呼ぶ。現在の島根半島の東は北浦海水浴場や美保関総合運動公園あたりから、西は多久の湯や佐太神社あたりまでの地域である。また、「くらみ」の名が現在にも残っている場所としては椋見(くらみ)谷が知られており、そこに久良彌(くらみ)神社が鎮座している。


この神社には10年ほどまえに、松江市本庄地区に残る弁慶伝説の足跡を訪ねた時に、見つけて立ち寄ったことがある。その時、それまで見たこともない荒神の藁(わら)蛇の顔に出会い、印象深く記憶に残っていた。そのワラ蛇の舌は草鞋(わらじ)2枚の間に赤い靴下と思われるものでできており、目は赤いボタンが2つ縫いつけてあって、可愛らしいものだったのだ。
そこへ、今回再び訪れた。中海沿いの舗装道路から東にある神社に向かう脇道に入るところには、大きな案内看板も立っていて分かりやすい。細く曲がりくねった道を進むと、石の鳥居が二重に立つ珍しい景色の参道に至った。
出雲国風土記に載る久良弥社(くらみのやしろ)、波夜都武志社(はやつむじのやしろ)、椋見社(くらみのやしろ)と3社が久良彌神社に該当するようだが、拝殿の壁に掲げられた神社の由緒書きには、久良弥社と波夜都武志社は今の久良彌神社から南西約1キロメートルにある久良彌谷の2ヶ所に祀られていたとあった。それが、元和九年(1623)に大洪水に遭遇したため今の場所に移し、元の場所には、宮床、元宮の地名が残っているという。椋見社のことは定かではないようだ。
松江藩が作成した地誌『雲陽誌』によると元の宮地は20丁ほど山奥の峯倉稲越というところにあったとある。
この社のいくつかの祭神の中に闇於加美神(くらおかみのかみ)、速都牟自別神(はやつむじわけのかみ)があがっている。
闇於加美神は古事記に登場する神で、イザナギが、イザナミを死に至らしめた火の神のカグツチの首を、十拳(とつか)の剣で切った時に、その剣の柄に集まった血が手の股から漏(く)き出て誕生した二神の一柱である。指の間から漏き出るというシーンで、漏きの古語は、峰の意味を持つようで、指の間から漏れ出た血が、その指の谷部と指の上の峰部の両方の意味を併せ持つものらしい。
また、速都牟自別神は風の神であり、これは、峰の意を持つようで、祭神の2神は山の峰や谷をイメージさせるものとなっている。
そうした目で闇見国を見ると、北浦海水浴場あたりから多久の湯あたりまでの山々、それこそ久良彌神社の近くから見える山並みはすぐ北にある枕木山(まくらぎさん)から三坂山(みさかやま)、澄水山(しんじさん)、大平山(おおひらやま)という峰が並び立ち、この地域を潤す川の水源が、みなこれらの山々にある。
そして風土記の時代には、枕木山が大倉山、大平山が小倉山であり、久良彌神社のある椋見谷の奥の山は嵩山(だけさん)で、それに並ぶのは和久羅山(わくらさん)である。その和久羅山が古くは白倉(はくら)山または羽倉(はくら)山だったのではないかと言われており、闇見国とは、これらの倉の名の付く山々に囲まれた土地の意味ではないかという考古学者もいる。山々の峰と水の湧く谷がイメージされた闇見国なのではないだろうか。
以前来た時に道路沿いに見かけた久良彌の清水を探してみたが、見つからなかった。闇見谷からの湧水は、山と谷の物語を感じさせるカギだったのだ。あのころは、そんなことは思ってもみなかった。振り返って北の山並みを望むと、あの山々が闇見国そのものなんだと感じられた。    (ライター 三代隆司)

この 闇見(くらみ)の国の久良彌(くらみ)神社 に関してGoogle Mapで検索できる緯度経度を以下に示します。

久良彌神社       35.499667, 133.126774
枕木山(大倉山)    35.540143, 133.122284
大平山(小倉山)    35.533480, 133.071179
和久羅山(白倉山か)  35.476834, 133.106025

参考資料
『出雲国風土記註論』  著者 関 和彦 発行 明石書店  2006年
『出雲国風土記−校訂・注釈編−』 編者 島根県古代文化センター 発行 八木書店 2023年
『雲陽誌』 編者 黒沢長尚 発行 歴史図書社 1976年

Webページ『出雲国風土記』と松江のヒストリー
コラム2『出雲国風土記』の布自枳美高山・女嵩山と嵩山・和久羅山 
著者 丹羽野裕 編集 松江市文化スポーツ部松江城・史料調査課 2026年
https://www.city.matsue.lg.jp/soshikikarasagasu/bunkasportsbu_bunkazaika/rekishi_bunkazai/3/15073.html




鳥居の間は1メートル50センチほど

2つ重なる鳥居

春日造りの本殿の背後の屋根のしたの壁には彫刻がある

本殿

横に広がる山並み

右の高い山が枕木山、左奥の小高い部分が大

南にある山並みの窪んだところが、くらみ谷

中央の椋見谷の入り口に久良彌神社