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美保関で港の古民家に泊まる

みほのせきでみなとのこみんかにとまる 

見る体験する松江エリア平成時代

 美保関に古民家を改修して泊まれる場所ができたと聞いて、さっそく行って見た。一夜干しのイカが美味しい。ここは美保神社の諸手船神事など祭礼の町。また、半島の突端には白く輝く美しい灯台があり、隠岐に渡るには、この灯台を回り込むように日本海を行くところ。そんな海辺の港町に夜になって到着した。あらかじめ頼んでおいた旅館ふくま館の晩ご飯は、定置網で捕れた魚のお刺身や燻製のハマチなどが並んでいてご馳走だった。


 食事が終わって、小雨の中を橋津屋に向かう。海に沿った道路の街灯が湾をほのかに照らしており、数艘の漁船がゆれる湾が浮かび上がっている。橋津屋は、そんな湾に面してあった。入ると4畳半ほどの部屋が4つ並んでつながっており、電気を付けながら奧に行くと、一番奥に玄関があって、石畳の狭い通りに出るのだった。橋津屋は古民家である。天井は黒い。壁はリニューアルされ、柱は黒いのと白木のものが入り交じって古い時間と新しい時間が同居している。そしてお風呂を始めオール電化なのもおもしろい。

 朝が来た。2階の窓を開けて撮影をしていると港へ漁船が帰ってくる。あれは定置網の船かも。急いで港に向かう。クレーンからたくさんの魚が大きなテーブルに広げられる。サバ、アジ、イカ、ヒラメ、タイなどが素早く魚毎に仕分けられ、ヒラメは血抜きされて、箱に収められていく。おこぼれにあずかろうとカモメやネコも集まってきている。名前の分からない魚もいる。喧噪の市場を後にして朝食を取った。いよいよガイド付きの町歩きである。最初は美保神社。境内に入ると笛や太鼓に合わせて鈴が鳴り、巫女舞が奉納されていた。この御日供(ごにっくう)は365日行われ、夏場は9時から、冬場は9時30分からだそうだ、橋津屋に泊まったら是非参拝したいものだ。

 青石畳の通りを進むと、丸い籠にお餅と思われる物が広げられていた。これは、町にある美保神社の6つの摂社などに供えるお餅が、そのうちパサパサになって崩れて行くのだが、それをほぐして乾燥させ、油で揚げてお菓子にするそうだ。ご利益のありそうなお菓子である。そうして青石畳を進むと醤油アイスを作っている醤油屋がある。その手前にはイカやアジ、カレイの干物が並んで旨そうである。

 この美保関には、著名人も数多く訪れており、大正14年から毎月1回発行されている美保新聞に詳しい。例えば、昭和5年5月29日には与謝野晶子が旦那(与謝野鉄幹)と来ており、二人とも歌を残している。「地蔵崎 波路のはての 海の気の かげろうとのみ 見ゆる隠岐かな 晶子」。また、昭和7年には高浜虚子が訪れて「烏賊の味 忘れで帰る 美保の関」と詠んでいる。他にも西条八十(詩人)、河東碧梧桐(俳人)などの残した言葉に触れられることも楽しい。

 橋津屋から南へ150mほど行った湾を挟んで美保神社と真向かいの位置にある山に大国主命を祀った客人社(まろうとしゃ)があった。石段を上がって、続く社をいくつか巡った。これらの社は頭屋(とうや)と言われる担当の方がお世話をして護っている。そのこぼれ話がまた面白い。一度美保関に泊まって体験してみると、ちょっと来ただけでは分からないことが一杯なのだと分かった。

 さて、この橋津屋は、地域の人たちにも利用されている。今夜は地元の民謡「ホーラエッチャ」の練習日、集まって来たのは正調関の五本松節保存会の本部道場の面々。太鼓や三味線のリズミカルな音が古民家に響き渡る。ホーラエッチャは美保神社の青柴垣(あおふしがき)神事、諸手船神事の時に北前船の船乗りの奉納行列の音曲であったものだそうだ。

施設案内
◎ 体験メニュー
・ 漁村の暮らし体験
・ まち歩き歴史体験
・ 地域の伝統や技の継承体験
※材料代は実費
◎ 体験料金
・ 1泊2日
大人(中学生以上)4,000円
子ども(4歳から中学生)2,000円
・ 日帰り
大人(中学生以上)2,000円
子ども(4歳から中学生)1,000円

お申し込み
美保関地区活性化協議会
TEL 0852-73-0420
FAX 0852-73-0020
HP http://miho.sanin.jp




橋津屋のキッチンや部屋が3つ並ぶ内部

橋津屋の内部

早朝、2階からの美保湾の眺め

2階の窓から

朝捕れのイカが干されている

美保神社の門前

話題の醤油アイスがあります

太鼓醤油店の店先