のあるコンテンツは、島根県立古代出雲歴史博物館の展示または館内施設に関するコンテンツです。
罪ゆえに救われる・・・ 有福の妙好人(みょうこうにん)、善太郎が晩年70才の時に書いたものです。年老いた自分を振り返り、人間が犯し得る様々な罪に例えながら、磔にあうしかないと罪の深さを嘆く姿が目に浮かびます。それとともに、罪に気づかせ、罪ある故に救いの手を差し伸べる阿弥陀如……
■常設展示
国譲りの時に、稲佐浜でタケミナカタとタケミカヅチが力競べをしたという神話と、垂仁天皇の時代に、出雲のノミノスクネとタイマノケハヤが対戦したという伝承が相撲の起源とされています。とすれば出雲を相撲発祥の地とみることもできるかもしれません。
蒙古襲来以後、龍の姿をした神々が、日本を守護すると信じられていました。それ故に、日本列島を囲むように龍蛇が描かれた日本地図が作られます。その一番古い地図が、鎌倉時代末の金沢文庫本日本図です。このモチーフは近世になっても描かれ続けるのです。もちろん、龍蛇は徐々に地震を起こすとされる……
鳥居向かって右側の柱に彫ってある文字をよく見ると、出雲大社(杵築大社)の祭神はスサノヲと記されています。実は、中世においては出雲大社の主祭神はスサノヲで、その名残がここに残っているのです。
大航海時代の16世紀、世界で流通した銀のおよそ3分の1が日本の銀であり、さらにそのほとんどが、世界遺産「石見銀山」で産出されたものであったと言われています。戦国時代は、大量の銀は石見銀山近くの港から船で大阪に運ばれていたのですが、江戸時代になると中国山地を越え瀬戸内の尾道に至る……