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宇竜の和布刈(めかり)神事

うりゅうのめかりしんじ 

見る知る出雲エリア平成時代

冬の灰色の雲がどんよりと街を覆った2月の朝、冷たい雨交じりの強い西風が吹いている。こんな日に祭りはあるのだろうか。大社からみさきうみねこ海道を日御碕に向かっている。今日は日御碕神社の和布刈(めかり)神事の日なのだ。一般に知られている和布刈神事は、午後から日御碕地区の隣の宇竜地区で行われるのだが、それに先立って日御碕神社でも10時頃から何かあるらしいと聞いて、神社へハンドルを切る。


社務所の女性に挨拶すると、「10時に始まります。ワカメを日沈宮と神の宮のそれぞれにお供えされます。」とのこと、アマテラスを祀る日沈宮から太鼓の音と祝詞が聞こえ始めた。拝殿内には参列の人の背が二つ見える。それからしばらくして、宮司が石段の上にある神の宮に参列の方と上がられた。ワカメらしきものが見られない。ワカメは?と思っているうちに、祝詞も終わり、拝殿から出てこられた。薄暗い拝殿の中に目を凝らすと、祭壇にある何か大きな白い皿の上に黒いものが盛られている。手にしたカメラでいっぱいにアップにして撮影してみると、三宝の上に置かれた白い皿の上にあるのはワカメである。
和布刈神事は、成務天皇6年1月5日の早朝、一羽のウミネコ(カモメとも)が海草を日御碕神社の欄干に三度掛けて飛び去った。不思議に思った神職が浄水で洗ってこれを神前に供えた」という故事にならって行なわれている神事という。
先の社務所の女性曰く、午前は日御碕神社の神事、午後に宇竜で行う神事の主催は宇竜地区であり、そこへ神職が伺って行うものだという。
宇竜での祭りは13時30分からであるが、12時過ぎの駐車場はもう半分以上が埋まっていた。2階建ての漁協の1階にある魚を集荷する広いスペースは人だかりがしている。近づくと、大鍋が天井まで届くような湯気をあげていて、湯気の下には白いツミレがぎっしり浮いている。婦人会の皆さんが白キスを使って作られた、舌触りがつるんとした上品な味わいの白いツミレである。こうした振る舞いは他にもあって、地元で獲れた脂の乗った寒ブリの刺身、アラ煮、内臓の煮物などが並んでいて、集まった多数のカメラマンが舌鼓を打っている。
日御碕の知っている顔を見つけ聞くと、今日の神事は風が強いため漁協の2階で行われるという。普通であれば漁協の向かいにあって、海に浮かぶ権現島で船を並べ、それを神職や氏子が渡って、島の中腹にある熊野神社で神事は行われるのだが、強風のため船が並べられないためだという。それならば、例年見ることができない祭事の様子が見られるかもしれないと思っていると、日御碕神社の宮司と白い包みを手にした神職二人が到着し、2階へと上がって行った。まもなく、一人の神職が小舟に乗って漁協前の岸辺から50メートルほど離れた権現島へ向かった。鳥居のそばの岩に取り付くと、長柄の鎌でワカメを刈り取ること数度。神職ながらワカメ刈りが上手である。神職とワカメを積んだ小舟が帰ってくる。
それを追うように二階に上がると、黒い礼服などに身を包んだ参拝者が並び、海に向かって開いた窓際に祭壇が設けられている。神事が始まった祭壇を見ると、左右の三宝の上にワカメがそれぞれ供えられている。1つは日御碕神社から白い布で包み持参されたワカメ、もう1つが先ほど権現島で刈り取られたワカメである。祝詞の中にワカメという言葉が何度か聞こえてきた。
この神事が終わると、例年ならば神職と黒服の人々は熊野神社から降りて来て、再び並んだ船を橋にして、神職や参拝者が岸に戻ってくる。その時、赤い褌(ふんどし)姿の若者たちが海に飛び込んで岸に泳ぎ着き、神職等が船から岸辺に降りる板橋を手で支えるのである。この厳冬の海に飛び込む様子をカメラに収めようと、アマチュアカメラマンが100人近くは集まっている。しかし、今年の神事は漁協の2階であったので、このシーンが無くなるかと思っていたが、さにあらず、権現島の岩の上にいつのまにか若者達が赤褌を強風になびかせながら立ち、そこにある鳥居から柏手を打って参拝している。こちら岸には、いつのまにか地元の老若男女も集まって、その眼もカメラも一斉に権現島に向けられている。
岸辺に詰めかけた人々から、おお!という声があがる。赤い褌の若者たちが次々と水しぶきあげて飛び込んでいく、岸辺からは彼等の幼子から「おとうさーん」と叫ぶ声も混じる。まもなく彼等が泳ぎ着いて陸に上がる姿や駆け寄る子との姿などにカメラが向けられ、テレビのインタビューなども行われていた。
この和布刈神事、元は日御碕神社の海辺にある経島(日沈宮の旧社地と伝えられる)で行われていたという。神職が船で冬の日本海に面した経島に、荒波の中を渡ってワカメを刈り取ったのであろうか。




三方という木の台の上に盛られたワカメ

漁協の二階に作られた祭壇

権現島の鳥居の横の岩から海へ飛び込む若者

厳冬の海に飛び込む

渡って来た船を降りる板橋を支えるフンドシ姿の若者たち

権現島から帰ってくる神職一行(二年前)

キスの白いツミレがたくさん浮かぶ鍋と丼

キスのつみれ汁