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近隣の歴史を宿す社

きんりんのれきしをやどすやしろ 

見る知る出雲エリア平成時代

出雲市の斐伊川に古くからかかる橋の一つ神立橋から、川の西岸を約9キロメートル上流へ遡ると大きな橋が見えてくる。そのあたりから対岸を見やると、刃物で綺麗に切り取られたように平らな頂上の山がある。出雲国風土記には載っていない山であるが、そのあまりの平らさに不思議な感じがする。麓には阿吾(あぐ)神社が鎮座していることから、古代に神の籠る山とされた神名火山ではないかとさえ思えた。


先ほどの橋は森坂大橋といい、斐伊川を横切って山の麓に広がる阿宮(あぐ)地区に向かってまっすぐにのびている。その集落のほぼ中央に阿吾神社はある。出雲国風土記に阿具社(あぐのやしろ)と載る神社であるが、延喜式神名帳(927年)には阿吾神社とある。
当社の祭神は彦火火出見神(ひこほほでみのかみ)と豊玉姫神(とよたまひめのかみ)である。他にイナダヒメやスサノヲ、さらには伎比佐加美高日子神(きひさかみたかひこのかみ)も合祀されている。彦火火出見神は古事記に山幸彦(やまさちひこ)として登場し、豊玉姫とのロマンスによって、神武天皇の祖父となる御子神を生んでいる。このことから「お子守さん」とか「子守り明神」と呼ばれようになったといわれているが、阿吾神社の阿吾を「あご」と読むと吾子(あこ)という我が子の意味にも受け取られやすいため、「お子守さん」になったという説もある。境内には、「お子守さん」を想像させる小さな石を孕んだ祠があった。近隣で聞いてみたが、この社が、背後の頂上が水平な城平山(じょうひらやま)の山頂にあったといういい伝えは、残念ながら無かった。
気を取り直して山に登ってみよう。城平山(じょうひらさん)は標高316メートル。その名の示す通り山城があった山で、南北朝時代(1336年〜1392年)に、今の千葉県にあたる下総(しもうさ)から来た葛西武常(かさいたけつね)によって山城が築かれ、以後、葛西氏代々の居城だった。ただ、戦国時代になって、葛西氏は尼子に属していたため、毛利によって攻め滅ぼされ、その後は毛利方の山城だったようだ。
今は、山に向かって右手の山裾から上阿宮登山道があって、頂上までおよそ1キロメートル、時間にして約60分で登ることができる。平らな頂上の東西の端に地元の方々によってそれぞれ展望所が整備されている。西の展望所からは森坂大橋や出雲市の上津のあたりまで見える眺望が開けている。ここから見えるあたりを出雲国風土記には河内郷と呼び、斐伊川には長さがおよそ500メートルにも及ぶ土手が築かれていたと記されているので、古代から人々の住みついたところだったようだ。
西の展望所からやや急な登山道を降りて行くと阿吾神社に至る周遊コースとなっており、登山者用の駐車場が阿吾神社西隣りに整備されている。
さて、合祀されていた祭神に伎比佐加美高日子神があったが、この神は、阿吾神社から直線にして2.5キロメートルほど北西にある神名火山、仏経山(ぶっきょうさん)の峰に坐した神であり、仏経山の北側の裾野にある曽枳能夜(そきのや)神社の祭神でもある。この神の由来は阿吾神社に合祀された高野明神の祭神だったようで、その高野明神の跡は阿宮コミュニティセンターの北側山中の道路沿いにあった。元は岩神を祀っていたと伝わり、その岩神のあった場所は山中の宮隠し岩(まがくしいわ)だという。
宮隠しの岩については、このいずもるの「石神だらけの神名火山 仏経山」にも書いたが、仏経山の西南側の中腹にあって、前に立つと三角形をした大岩で、高さ5丈(約15メートル)もあるという。その大岩の下に、人が入れるほどの岩屋があって、岩神さんと呼んで伎比佐の社が祀られていたので、宮隠しの岩と呼んだのが「まがくし」になったのだと伝わる。残念ながら岩屋は崩れてしまったのか今は無い。
紹介し切れないが、阿吾神社から見える近くの西側の小高い山の頂上には、奈良時代の新造院跡と考えられている金堂と塔を持つ天寺平廃寺が発掘されている。先の城平山のすぐ裏側の中腹には起源が山岳仏教寺院で開山は平安・奈良時代まで遡ると考えられる光明寺という大きな寺院もある。仏経山の裾野とその周辺では古墳や横穴墓がいくつも発掘されており、古代より多くの人が暮らした場所であり、神仏に祈りを捧げていたところと思えた。(ライター 三代隆司)


参考文献
出雲の山々とその周辺の山(改訂版)2011 発行所 島根県勤労者山岳連盟
出雲国風土記註論 著者 関 和彦 2006 発行所 明石書店
斐川の地名散歩  著者 池田敏雄 1987 発行者 斐川町役場
郷土斐川物語   著者 岡 義重 1976 発行者 斐川町教育委員会
神名火山仏経山石神さま巡拝パンフ 2017 発行者 出雲の石神を伝承する会

この 近隣の歴史を宿す社 に関してGoogleMapで検索できる緯度経度を以下に示します。

阿吾神社       35.346822, 132.855719
城平山西側山頂    35.351820, 132.861057
高野明神跡      35.350223, 132.831300
宮隠しの岩      35.356008, 132.829114
宮隠し岩への山道入口 35.354776, 132.828833




富士山のような形をした山、あぐ富士ともよばれる

城平山全景

下の方にあぐの田んぼとその向こうに斐伊川の流れがみえる

西の展望所からの眺望

阿吾神社

宮隠し岩