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目を閉じれば広がる、銀のまほろば。

めをとじればひろがる、ぎんのまほろば。 

見る知る参加する石見銀山エリア不明

龍源寺間歩(まぶ)。坑道の岩肌は、当時の坑夫の筆舌に尽くしがたい苦労を強く語る。そこで出会った人びと、語られた言葉。目を閉じれば、そこには銀に湧いた往時のにぎわいが見える。


●駐車場での出会い
石見銀山公園駐車場の中心には、石見銀山の模型がある。鈍く銀に光る継ぎ目の見えないステンレス製の模型は、縮尺で小さくなっていても、銀山の大きさを語る。現在見ることができる地域は、大森の街並みを除けばほんの一部にしか過ぎない。起伏の激しい山に、何本もの坑道があったのだ。
雨が上がり、霧と雲が紅葉した山にかかる。頂上は見えない。
その時、朗々とした女声が聞こえた。詩吟だ。3人連れの観光客だろうか、やや年配の方だった。張りのある声は、深い山と霧とのなかへ響いて、そして消えていく。ただただ目の前の風景とともに聞き入っていた。
謙遜の言葉とともに女性がほんの少し一礼する。思わず拍手を送る。やや照れて笑う顔があった。

●龍源寺間歩
思いもかけぬ嬉しい邂逅を胸に、車に乗り込み、一路、龍源寺間歩へと向かった。 間歩(まぶ)とは坑道のこと。まさに銀を採掘していた現場、最前線だ。石見銀山にはいくつかの間歩があるが、現在は龍源寺間歩だけが公開されている。
清水寺駐車場を過ぎたあたりからだろうか、徐々に山深く道幅が狭くなっていく。ついに車1台が通れる程の細さになった。右は山肌、左は崖。冬の凍結を想像し、背伸びした若葉ドライバーは一層しっかりハンドルを握った。「あ!ない!」ナビには既に道が表示されていない。無事、龍源寺間歩駐車場へたどりついたが、冬ならばその手前で車を止めて歩く方が非常にオススメである。
横の受付で、入場料を払い、いざ龍源寺間歩のなかへ。
龍源寺間歩の開掘の長さは約600メートル。ただし見学コースの坑道は全長約273メートル。途中約157メートル地点で左折し、新たに掘られた栃畑谷新坑(とちはただにしんこう)を通って出口に向かう。
入った途端、ひんやりと湿気を帯びた空気が頬を撫でた。寒い。ごつごつと荒い岩肌。人ひとり歩ける程の幅。大抵の大人はやや屈み気味に、頭上を気にしながら歩くだろう。当時の坑夫たちも岩天井を気にしながら歩いたのだろうか。
どこから流れているのか、足元にはところどころ水たまり。滑らないように、そろりそろりと歩いていく。スニーカーを履いてきて正解だった。銀の採掘の際、坑夫を苦しめたのもこの水だ。銀鉱石を発掘する傍ら、水を汲み出す作業が必要だった。ポンプなどない時代のことだ。
立ち入り禁止の札、鉄柵。その向こうにも分岐点がある。経路のライトが届かない、暗闇がそこかしこに存在する。サザエの殻に菜種油の灯火だけという頼りない光で作業した坑夫たち。過酷な環境のなかで掘ったのみの跡がいまにその姿を伝える。経路のライトが照らす岩場に、ひっそりとだがしたたかに緑が生えていた。
栃畑谷新坑にたどり着くとがらりと雰囲気が変わる。石見銀山の絵巻や坑道図のパネル展示があり、かなり整った坑内だ。それらを見て、新坑の傾斜を上る。丸太で綺麗に整備された出口に出た。久しぶりの空。ほんの10分程度離れていただけなのに、なぜかひどく安堵した。

●銀の里の語り部
龍源寺間歩を出て、周囲緑のなかを、秋は紅葉のなかを歩くと、小さな家屋のような店舗がある。「銀の里工房」との看板に、ふらりと立ち寄ってみると、土間に店舗、上がり框に作業場があった。店主らしき作務衣姿の男性が枯れ枝のようなものを手元に、しきりに手を動かしている。店内をゆっくり見た。銀鉱石や香袋を扱うお店のようだ。見れば香木師(こうぼくし)、との札が店主の前に置かれている。
香袋の中身はクロモジとある。和菓子をいただく時に、楊枝として使うあのクロモジなのだろうか。
「楊枝として使うものには香りがない。あれは乾かしていないから。干すこと7年のこのクロモジ、ちょっと嗅いでみなさい」
差し出された細く黒い枯れ枝を鼻先に持っていく。匂いはない。
「そう、香りはまったくない。しかしこれをこの金槌で思いっきり叩くと、ほら」
「…あ!」
先程まではまったく感じられなかった上品な香気が鼻をくすぐる。驚いた私たちに、香木師の言はさらに続く。
「こうして香袋に入れたクロモジも、時間が経って香りがなくなったら、袋の外から叩けばいい。ときには夫婦喧嘩の鬱憤をこの香袋にぶつけて、これでもかこれでもか…とほら、またいい匂いがする。心が穏やかになるでしょう」
立て板に水、という言葉を目の当たりにした。
ここら一帯も江戸の往時にはにぎわっていたのでしょうね、と口にすると、香木師は頷いた。
「そう、銀山最盛期の江戸時代初期、慶長、元和、寛永年間には人口20万、家屋は1万3千軒。灰吹法で銀を精錬した吹屋の炉の炎が夜も赤あかと燃えていた。この狭い谷間にびっしり人が住んでいたんでしょう」
シルバーラッシュに湧いた銀山の往時の姿を、香木師は講談師顔負けの語り口で教えてくれた。




ライトに照らされた細い坑道。

龍源寺間歩

のみの跡が歴史を生々しく今に伝える。ひっそりとしたたかに生える緑。

龍源寺間歩

縦にも横にも伸びる坑道。立ち入り禁止の札の先は、見えない程深い。

龍源寺間歩

龍源寺間歩は緑深い山のなか。秋は紅葉が美しい。

龍源寺間歩の周辺